Katayama Takatoshi Weblog
運動会で思うこと
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土曜日は朝から子ども達の運動会。子ども数が少ないので親たちは総出で運動会の準備をする。競技によっては幼稚園や中学校からも子どもが参加した。一口に小学生といっても低学年と高学年では背の高さも足の速さも、顔の表情も何もかも違う。そして中学生にもなると、話すことも目の強さも大学生とほとんど変わらないと感じた。自分を思い返してみても、あの頃からあまり変わっていない。自分が中学生の頃に描いた絵を見ても、多少下手さは残っているが大人の絵だ。大学生の描く絵に混ぜてもまったく違和感がないと思う。

そうなると中学生と大学生は何が違うのだろう? という疑問が浮かぶ。

思考力はそれほど変わった気がしないし、考えてみてもこれといって違いは見つけられないが、強いて上げれば、世界の広さに違いがあるような気がする。中学生までの世界は学校や家庭、地域に限定されて、思考もその範囲を出ることは難しいが、大学生はもっと広い視野に立つことができる。小学校の頃には「自分の夢」というタイトルで、将来何になりたいか、などという意味のない作文を書かされたが、大学生くらいになると本当に切実な問題は「自分は何になりたいか」ではなく「自分は何ものであるか」なのだと気づく。小中学生の頃には「なんだかやだな」と感じていただけだったものが、大学生になると明らかに間違ったことを教わっていたことに気づく。

例えば「読書感想文」なんてくだらないし、「道徳」なんていかがわしい。今の小学生が使っている「心のノート」は衝撃的に酷いしろものだ。それから、描いた絵をコンクールに出すなんてことは今なら断固拒否する。絵を描くことは競争とは無縁であるべきなのだ。

そんなふうに大学生くらいになると、そういう世の中の悪がよく見えるようになる。それは「大学」という目標が何も無い場所で、親元から離れて、日本中から、また他国から集まる、文化もしゃべる言葉も異なる人達と交流していく中で培われる視野の広さなのだと思う。他文化と接することで今まで自分が住んでいた世界を相対的に見られるようになるということなのではないだろうか?

田舎に住んでると、特に世界は狭い。子どもが大きくなったら、絶対に家から追い出してやろうと思っている。そしてできるだけ長く学生でいて考える時間をたくさん作ることだ。
by katayama_t | 2010-05-23 21:25 | Life
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記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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