Katayama Takatoshi Weblog
刃物を研ぎながら
家にある刃物をいろいろ研ぎながら、ふと「自分はいつから刃物に魅せられるようになったのだろう?」と考えていた。

大学ではノミの造りや研ぎ方を一通り習って、日本の刃物の素晴らしさや、良く切れるノミの素晴らしさを実感したが、考えてみると、そのはるか以前から自分は刃物が好きだった。

思い出すのは小学生の高学年か中学生の頃、沼津の海岸沿いにある木造2階建ての実家は、夏の海水浴シーズンのほんの1ヶ月間だけ1階部分を利用して民宿をしていた。都内から家族連れが何組も来たはずなのだが、覚えているのは1組の家族連れのみ。両親と息子の3人家族で、その家族はまだ子どもだった私に強烈な印象を残していった。

物静かで穏やかなその家族は夕方海水浴から帰ってきても、テレビを見るでもなく、手持ちぶさたな様子。父親は本か何かを読んでいて、母親と息子が何か話をしていた。そして母親が、穏やかな笑みを浮かべながらこちらへ来ると「よろしかったら紙と鉛筆を貸していただけませんか?」と丁寧に言った。何に使うのだろう? といぶかりながらB5サイズの紙を10枚ほどと鉛筆を1本渡すと、今度は「ナイフか包丁を貸していただけませんか?」と言う。何をするつもりだろう? と思いながらも言われた通りに包丁を渡すと、彼女は新聞紙を広げた上で、ごく当たり前のように鉛筆を滑らかに削りだした。

ビックリした。

鉛筆削り以外の物で鉛筆が削れるなんて考えたこともなかった。そして同時に、そういう凝り固まった考え方をしている自分を恥じた。

鉛筆と紙で何を始めるのだろうと思って見ていると、その子どもがさらさらと紙に絵を描き出した。自分より2~3歳しか違わないだろうその少年が描いた絵は、見たこともないような見事なロボットの絵。紙1枚に1躰ずつ次々とよどみなく描いていく。信じられないくらい発想が豊かで、様々なバリエーションのロボットが確かな線で描かれていくのを、ただ呆然と見ていた。

カルチャーショックというのはこういうものを言うのだろう。今までそれほど絵が上手で次々と絵を描いていく人は見たことが無かった。完全に打ちのめされてしまった。ご両親の品の良さも相まって、世界の広さに心底怖じ気づいた。

それからだ、鉛筆をナイフで削るようになったのは。中学生の頃には筆箱の中に常にナイフを入れていた。

それから何年かして、また印象に残る出来事があった。
ある日、鉛筆を削るために家にあったカッターナイフをなにげなく借りた。カチカチカチと刃を出してみると、何か様子が違う。出てきたのは見慣れたカッターの刃ではなくて、じいさんがいつも使っている出刃包丁にそっくりな光り方をした刃。でも折るための切り込みは入っているので、カッターナイフの刃であることは間違いない。なんと、じいさんはカッターナイフの刃を研いで使っていたのだ。 漁師をしていて、毎日のように包丁を研いでいたウチのじいさんは当たり前のようにカッターナイフの刃も研いでいた。この発想にも驚いたが、その切れ味にもまたビックリした。刃物というものは研ぐとこんなに良く切れるものなのだと初めて認識した出来事だった。

それから、刃物を注意して見るようになった。家で使っている柳刃や出刃包丁が元々はもっと大きくて違う形の刃をしていたのだと気づいたのもこの頃。刃物は、何年も繰り返し研いでいるうちに、刃が減ってきて、形が変化していく。今まで何気なく見ていた刃物が、急に道具として魅力的に感じられるようになってきた。

刃物を研ぐという行為には独特の快感がある。職人が丁寧に作ったよく出来た刃物ほどその悦びは大きい。
by katayama_t | 2011-04-06 20:42 | Life
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記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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