Katayama Takatoshi Weblog
雨の中バイクに乗りながら思う
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十代の頃は、夜、雨の中ずぶ濡れになりながらバイクに乗るくらいのことはへっちゃらだった。人間の身体は濡れても洋服のように脱水したり、獣のように乾かしたりしなくても、ただ拭けばいいんだから便利にできていると思っていた。視界は悪いし、ブレーキは効かないし、タイヤが滑りながら走っていても『危ない』とか『怖い』という発想が無かった。今だから言うが赤信号の交差点を左右も見ずに突っ切っていったこともあった。ロシアンルーレットみたいなものだ。どこかおかしかったのだと思う。

でも今は違う。もし事故って死んだり、半身不随にでもなったら家族に大変な苦労をかけると思うと、こういうクレイジーな乗り物には乗らない方が良いし、雨の日に乗るなんて正気じゃ無いんじゃないかと思う。この歳になってようやく『怖い』ということを覚えてきたような気がする。やっぱり今まで何かが足りていなかったのかもしれない。

若い頃は常に自分が一番だと思っていたので、人の意見を聞いたりすることはほぼ無かったし、人に何かを命令するような人間を心底憎んできた。だから学校は大嫌いだった。今でも少しはそういうところがあるが、ずいぶんと穏やかになった。やはり家族ができたからなんだと思う。今では人の意見もそれなりには聞ける。

「すぐに『これでいいんですか?』と聞きたくなっちゃうんですよねえ…」
昨日話していた学生から出た言葉だ。

こんな言葉を聞くと昔の自分だったら少し腹が立っていたかもしれないが、今はこういう学生はたくさんいることを知っているし、少しは理解できる。自分だってまったく畑違いのことをやらなくてはいけない場面になったら、自分の中に判断基準が無く、何をどう評価すれば良いのか分からないだろう。まあ、そもそもそういう立場に自分を置いてしまう時点でどうかとは思うが…。
似たような言葉で「教えてくれなければ描けない」という言葉もよく聞く。そんなばかな、と思うが、今まで計画的に生きてきた人にとっては、『とにかく描いてみる』という無計画で無目的なことができないのかもしれない(計画性のある人生のなんとつまらぬことよ!)。

今日は、1年生が課題のスケッチのアドバイスをもらいに訪ねてきた。今まで絵を描いたことがなくてどうすればいいのかさっぱりわからないという。身体が小刻みに震えていて、目を合わせようとしない。一通りアドバイスをした後、「描き直してもいいですか?」とか「モチーフを変えてもいいですか?」という質問を受ける。「すべて自由なんだ、好きにやればいい。」と答えながら、なんだかひどく気の毒になってしまった。今までいったいどういう生き方をしてきたのだろう? 何をそんなに怯えているのだろう?

人生はたぶん思っているよりも短い。だからできる限り自分を生きなくてはいけない。誰に何を言われようとも自分に正直に自由に生きなければいけない。子どもの頃は誰だって感情で動いていたはずだ。感情(自分)を殺して他人や社会に合わせることが、『大人』なのだとしたら、私たちは大人にならないように懸命に努力しなければいけない。

人類(自分)のために。世界のために。愛する人のために。
by katayama_t | 2013-04-24 23:53 | Life
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記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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