Katayama Takatoshi Weblog
熱いぜ
熱い。
何がって、床が。韓国ではアパートにも床暖房が入っていることは以前書いたが、この床暖房の熱だけで部屋全体を暖めている。だからスリッパを履かないといられないくらいに床が熱い。寒いからじゃなくて熱いからスリッパを履いてるのだ。昨日まではそんなことはなかったのだが、今朝から床が急に熱くなった。たぶん大家が暖房のパワーを上げたのだ。人一倍寒がりの私が部屋の中ではTシャツに短パンという夏のような格好で過ごしていて、それでも熱いので窓を開けている。

外は東京と比べたらけっこう寒いと思う。川は常に凍っているし道にある水たまりも当然凍っていて一日中溶けることがない。韓国で最初にこの床暖房に気づいたときには、すごく快適だと思ってちょっとリッチな気分にもなったものだが、最近では部屋の中に氷が張るような日本の一軒家の寒さが懐かしくなってきた。こう部屋の中が暖かいと凛と冷えた空気の中布団にもぐっている時の幸福感も、炬燵に入ってお茶を飲んだりミカンを食べたりするような至福の時も味わえない。日本では冬と言えば鍋だったり、熱燗だったり、ウールの靴下だったり、暖かいお風呂だったり、ストーブにかけたやかんがシュンシュンいっていたりと、貴重で有り難く幸福感に満ちた暖かさを連想するが、韓国のように常に部屋の中が暖かいとなると、特に鍋が食べたいとも熱燗が飲みたいとも湯船に浸かりたいとも思わないのだ。これはこれで幸せなことなのかも知れないけど、なんて言うか、ちょっとつまらない。

世の中が便利になればなるほど暑さ寒さもスイッチ一つでしのげるようになり、ご飯も自動で炊けるし、捻ればいつでも水やお湯が出るし、食器は機械が洗ってくれるし、快適なことは確かだ。で、その結果炊事や洗濯などの仕事も劇的に楽になった。これは良いことだ。すばらしい。これこそ僕らが子どもの頃に夢見た21世紀の未来像ってやつだ。でも、いざそういう生活をしてみるとそれはなんとも味気ないものだというのも確かだろう。やっぱり火を使って暖房にしたり、お釜でご飯を炊いたり、やかんでお湯を沸かしたりということには何か代え難い魅力がある。今となってはそういうことは暇人の贅沢な道楽と言われそうだが自分で何かをしているという実感、つまり自分の行為に伴って結果が得られているという実感はとっても大事で、案外そういう単純な事柄の欠如の積み重ねから現実感の喪失という現代病が蔓延しているのかもしれないとも思うのだ。

平和な世の中で突如起きる最近の凄惨な事件を見ているとなんだかそんな気がする。…そう言えば岡崎京子がその昔「リバーズエッジ」の中でうまいこと言ってたっけ「平坦な戦場でぼくらが生き延びること」だっけかな…。それから中国から来た留学生が日本の自殺者数が年間3万人を越えていることにびっくりして、まるで戦争しているみたいだと言っていたのも思い出した。これはほんとに何かの戦争なのかも知れないな。
by katayama_t | 2007-01-17 02:16 | Life
<< 韓国でワインバー 今日のニュース >>


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
カテゴリ
以前の記事
Link
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


View my profile