Katayama Takatoshi Weblog
代車でGO
車を修理に出しているので最近代車として借りた軽自動車に乗っている。車を車検や修理に出すときにはたいてい代車がオートマチックの日本車だ。車内は広くて快適だし、エンジンも良く出来ているし、何より踏めば走るという手軽さで、最近の日本車は実に良く出来ていると感心するが、これが2〜3日経つとだんだんいらいらが募ってきて、1週間経つ頃には我慢の限界に達する。

何にそんなにいらつくのかというと、まず第一にオートマチック特有のレスポンスの悪さと、ギヤがいつも間違った場所に入っているような自分の意志とかけ離れたシフトパターンだ。加速ものろのろしてるし、車と自分との一体感が無い。
これはでも後輪駆動のそこそこ良い車に乗るとAT車でもOKだったりするから車種の問題ということもできるだろう。以前代車にプジョー307のAT車を借りたときはいつまでも乗っていたいと思うほどいらいら感が無かった。

そして第二に遮音が行き届いてエンジン音が聞こえないような気密性の高さだ。これは普通は長所としてとらえられるだろうが、私には苦痛だ。車ってのは1トンもある鉄の塊がすごく早いスピードで移動しているという、とても暴力的な道具なのだ。ところが最近の車に乗ると100キロ出ていても車内にいると全然そんな感じはせず、音楽を聞いたりジュースを飲んだりしてくつろぐことが出来るし、快適すぎて眠くなる。でも実際には外から見ると恐怖を感じるくらいの速度なのだ。車内の快適性を高めるということは外界と車内を分離することであり、実際に起きている現象がドライバーに直接伝わらないようにしているってことだろう。こういう車に乗っていると自分で運転しているという感じが無くなってくるし、歩行者のことなんてだんだん考えなくなるんじゃないかと思う。自分が大きな鉄の鎧を着て弱者を蹴散らしているような感覚を覚えてだんだん我慢ならなくなる。これは「いい車とは何か」という根本的な思想の問題だろう。

そんなわけで、修理期間が1週間を越えるとついに代車を家に置いてバイクを使うようになる。バイクに乗ると今度は一転して人馬一体感を得ることができるが、一方厳しい自然と対峙しなければならない。バイクは外から見ると格好良くても実は乗っている人は寒さに凍えていてヘルメットの中では鼻水を垂れ流してたりするのだ。乗って1時間までならどうってことないが、我が家までの残り30分がこたえる。悟りの境地に達しないと我慢できないくらい寒い。でもこういう我慢しなければならないような感覚もたまには必要なんだろうな。春だし1週間待たずにバイクに乗るのもいいかな。
by katayama_t | 2007-03-28 12:43 | Life
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記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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