Katayama Takatoshi Weblog
山口小夜子さんを悼む
山口小夜子さんが亡くなった。

新しく入れ直したOSに最新のソフトをインストールして作業しているが、バグが多くて作業がはかどらない。アドビInDesignCS3のアップデートはまだなのか?などと思いながら、どうにもならず再起動している間に手元にあった2000年9月29日号のアサヒフラフ「山口小夜子特集」を読んでいると、彼女は本当に希有なアーティストだったとつくづく思う。

70年代初頭にパリコレクションでデビューした山口小夜子はパリのデザイナーたちにとってまさに「衝撃」だった。そのころの日本人モデルというのは髪を金色に染めてパーマをかけて洋風にするのが当たり前で、日本人だけではなく、アジア人は西洋人に比べてスタイルも悪いし劣っているのではないかという発想がアジア人の中にはあった。そんな時代に山口小夜子は漆黒の髪をおかっぱにして登場したのだ。
山口小夜子の登場は世界に「東洋の美」というものを知らしめた。

ファッションデザイナーの高田賢三氏は次のように言う。
「小夜子さんが一人で舞台に出ると、その洋服が、別の物になってしまうんですよ。モデルの中でも、小夜子さんは飛び抜けています。彼女の魅力は特別ですよ。単に東洋的とか日本的とかいうだけじゃない。モデルとかそういうのじゃなくて、すごいアーティストですよ。」

77年には「ニューズウィーク誌」の世界の6人のトップモデルに選ばれたが、80年代に入るとモデルとしての仕事を減らして今度はダンス・パフォーマンスや舞台衣装、俳優、朗読など多彩な活動を始める。

d0094333_16594826.jpg私が初めて山口小夜子のダンスを観たのは勅使川原三郎の舞台「夜の思想」だ。88年にNHKの芸術劇場で観たその映像で山口小夜子は優雅に、そして人形のような不思議さで舞っていた。その後93年に同じく勅使川原三郎の最高傑作NOIJECT(改訂版)で観た時には、その身体のしなやかな狂気のような動きが作品の強烈なインパクトとあいまって、奇跡としか言いようのない空間がそこに現れていた。その舞台は鋭くてスキが無く、しかも混沌としていて狂おしく、涙が出そうだった。

いつかあの舞台の再演が実現しないかと淡い期待を抱いていたのだが、これで実現しないことがはっきりした。あとは記憶を反芻するのみだ。
残念でならない。
by katayama_t | 2007-08-22 17:50 | Art
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記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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