Katayama Takatoshi Weblog
「時は過ぎゆく」 歳を取って見えてくるもの
d0094333_17244278.jpg田山花袋の小説「時は過ぎゆく」を読んだ。作家が46才の時の作だ。
明治維新から大正初期まで約50年間の東京を舞台に、勤勉で誠実で周囲に慕われている平凡な一人の男の人生を淡々と描いている。
世の中は50年の間に劇的に変化する。士族は落ちぶれ、換わりに商人や土地持ちの百姓が金持ちになり、東京は見違えるほどの都会になる。その間、西南戦争、日清、日露戦争などが起きるが、主人公の男の生活は50年間全く変化がない。自分の周りでは若い男女の心中があったり、自殺があったり、自分の娘がお産で命を落としたり、息子は消息知れずになったりするが、男は心を痛め、悲しみはすれども、日々の生活を淡々と過ごす。

「過ぎて行くものに対して、何うすることも出来ないのがこの人生の習である。」とばかりに…。

おそらく私が20代の頃に、この小説を読んでもたいして何も思わなかったのではないかと思うが、今40代になって、60才の心境も80才の心境もなんとなくわかり、人生の全体像が想像できるようになってみると「なるほど人生とはこういうものかもしれない」と思う。この起伏に乏しい物語に魅力を感じることができるのも、自分が歳を取ったからだろう。

先日NHKの番組に写真家の荒木経惟が出ているのを偶然見た。その中で彼は、「最近笑顔ばかり撮るようになった、人の幸せを感じる笑顔を撮りたいと思うようになった。」という意味のことを言い、それに対してアナウンサーが「それはどうしてですか?」と聞いた。笑いながら「歳を取ったからだろうねえ」と答える荒木経惟に対し、アナウンサーは「そんなこと無いですよー、まだお若いですよお」なんてつまらないことを言っていたが、彼は「歳を取る」ということを否定的に言っていたわけではなく、事実として歳を取り、その結果見えてきた世界があるのだということを言っていたのだ。歳を取ったという事実に良いも悪いも無い。

美術の世界では昔から50や60(才)はまだひよっこだと言われるが、それは身体の利かなくなった老人のひがみで言っている訳ではなく(それもあるだろうが…)世の中に対する洞察が深まらなければほんとうに心に響く良い作品はできないということを言っているのだろう。

今40を過ぎて、70や80になった老人の心境もわかるような気がするが、実際に自分が老年になった時には、今を振り返り「あの頃は若かった、まだ何もわかっちゃいなかった」と思うのかもしれない。今、20代の頃の自分を振り返り、そう感じるように。
by katayama_t | 2008-05-25 17:15 | Life
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記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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