11月1日(土)東大でパブリックアートに関する研究発表があるというので行ってきた。そのときに感じたことや分かったことを書こうと思いつつも、なかなか書く暇が無く半月が過ぎてしまったが、徐々に記憶が薄れてきてこのまま忘れていってしまいそうなのでちょっと古くなるけど書きとめておくことにする。(このブログを始めた当初、友人がブログは備忘録として便利だという意味のことを言っていたが、最近その意味が少しずつ分かってきた…。)
文化資源学会の第14回研究会での発表で、パブリックアート研究所の杉村さんが「パブリックアートから地域美産へ―日本におけるパブリックアート(PA)動向を、PAフォーラムにおける19年間の研究・普及活動の記録から探る―」と題して今までの研究の成果を発表するものだった。杉村さんとは今までに数回PAの見学会等でお会いして話をしたことがあったが、今回のようにパブリックアート研究の中身をまとめて聞ける機会が無かったので、「パブリックアートとは何か」ということを自分なりに整理したいと思っていた私にとっては渡りに船という感じだ。 発表はまず、近年の日本におけるPAの歴史から始まり「黎明期」「興隆期」「低迷期」「普遍化期」という4つに分けて、それぞれの時代の象徴的なPAを紹介していった。岡本太郎の「太陽の塔」や「彫刻のあるまちづくり事業」、そして景気低迷による文化事業の縮小などだ。 それに続いてパブリックアートとプライベートアートの違いを、有名な「セラ事件」を題材にして説明した。セラ事件というのは1981年にニューヨークのフェデラルプラザという広場にリチャード・セラの巨大な鉄の作品「傾いた弧」が設置されたが、そこを通勤に利用する人々から「通行のじゃまになる」とか「死角ができて治安上問題」とか「景観のじゃま」だという抗議が殺到し、裁判にまで発展、結局セラ自身が1989年に自主的に撤去せざるをえなくなったという事件だ。セラは「彫刻を設置するとその彫刻を中心にして周囲の環境が成立する」という考えだったが、結局は人々に受け入れられなければPAとしては機能せず、セラはパブリックな場所にプライベートアートを置いてしまった彫刻家だと見なされた。 それから杉村さんの話は、「パブリック・アート」を日本的な視点から言い換えるコトバとして「美産」という造語を用い千葉の佐貫にある醤油銘蔵を例にとって説明した。ここでは社会文化財をPAとして見るということをやっている。 地域の美産の魅力はその地域では気づかれていない、あるいは認められていないことが多く、それを外部から伝えることによって、そこに住む人達がその価値に気づき、「街おこし」のきっかけになっていくのだと言う。 う〜むう……。ここがよくわからない。 確かに古い建物などの社会文化財は魅力的だ。それがあることによって人々の心に潤いを与えていることも理解できる。そういう意味ではパブリック・アートと無縁ではないし非常に近い存在ではあるだろう。 しかし、両者には決定的な違いがあるのではないだろうか? パブリック・アートは単純に言えば「人々の心に潤いを与えること」自体を目的としているのに対し、社会文化財というものは、もともとは人がそこに住んだり、商売をしたり、あるいは社寺のように信仰を集めるためのものであって、建造物としての魅力というのはその中の要素でしかなく、それはあたかも「彫刻(アート)」と「車(デザイン)」の違いのようなものなのではないだろうか? 彫刻はその形や素材が存在の全てであるのに対し、車は移動したり走るためのものであり、そこでは当然「機能」が優先される。車のスタイリングはその機能を無視しては成り立たない。 発表が終わって質疑の時間になったときに、さて何をどう質問しようかと考えあぐねていたが、いつもそうしている間に時間が過ぎて質問が出来なくなるケースが多いので、考えがまとまらないうちに手を挙げた。 「パブリックアートと、社会文化財とは近い関係だと思いますがイコールではないのではないでしょうか。両者の関係をもう一度わかりやすく説明していただけますか?」 それに応えて杉村さんは「社会文化財というのは人が想いを込めて造ったものであり、とても魅力的である。それらは自然と人々に受け入れられるモノになっていくのではないか」という意味のことを言った(と思う…。あぁ、忘れかけている…)。 その答えは微妙に質問の意図とずれている気もしたが、それ以上問う言葉も見つからず、「分かりました」と答えてから杉村さんの言ったことの意味を反芻していた。 そしてハタと気がついた。公共空間に置かれる彫刻を「パブリック・アート」だと思っているから分からないのだと。 発想が逆なのだ。「公共空間にあり人々に受け入れられ、心を豊かに潤すモノがパブリック・アート(美産)」なのであって、それは必ずしも芸術家が設置した芸術作品でなくともかまわないのだ。そう考えると全て納得がいく。神社の鳥居もパブリック・アートだし、公園の噴水などもパブリック・アートたり得るのだ。なるほど、だとすると私の質問に対して杉村さんがあのように答えたのもわかる。そもそもの前提が違えばあのようにしか答えようがないのだ。 そう考えていくと「アート」という呼び名が不適切なのではないか? とも思えるが、それも「アートとはこういうもの」という単なる思いこみにすぎないのかもしれない。そこで思い出すのはヨーゼフ・ボイスだ。彼は「あらゆる仕事は芸術の質を持たなければならない」と言って、1960年代から70年代に「社会彫刻」という概念を生み出し、彫刻や芸術の概念を教育や社会変革にまで広げた。『人間は誰でも芸術家であり、自分自身の自由さから、「未来の社会秩序」という「総合芸術作品」内における他者とのさまざまな位置を規定するのを学ぶのである』つまり、全ての人はその持てる創造性で粘土や絵の具ではなく「社会」という素材を扱う彫刻家なのだという彼の思想は、その後の美術展や美術館のありかたに変容をもたらし、アートと地域社会との密接な関係を促していった。最近日本でも市民参加型の「アート」なるものが多いのも、もとを辿ればボイスの活動によるところが大きい。彼は、ドイツ「緑の党」の党首として政治にも積極的に関わろうとしたし、「7000本の樫の木」という市民を巻き込んだ緑化運動を「芸術作品」として提示もした。 そう考えると、パブリック・アートが従来の意味でのアーティストのみが作るものでないのは当然だし、社会文化財をPAに含めるという思想はもしかしたら未来のアートの形を示唆しているのかもしれない。
by katayama_t
| 2008-11-17 06:12
| Art
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