Katayama Takatoshi Weblog
車に対する愛はどこにあるのか
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ドイツや日本は技術を愛し、イタリアやフランスは物を愛す

車を見ているとそんな気がする。イタリアやフランスの車作りには愛を感じる。車という「物」が好きで好きでしかたがない人達が車を作っているのではないかと思わせられる。ハイテク技術や工業製品としての完成度よりも形や質感にこだわりを持ち、車を買ったら長く乗る。イタリアやフランスの街の中には日本ではとうの昔に廃車になっているようなボロボロのプジョーやフィアットが現役で走っている。

フェラーリは本当に速いのか、というとそんなことはなく、たぶん日本車やドイツ車のほうが速い。でも、本当に速い必要がどこにあるのか? レースをやる訳じゃないのだから、音や形や振動で「速い感じ」がして、とにかく美しく愛すべき物体であることが大事なのだ。ドアの開閉の音も、バンにはバンのスポーツカーにはスポーツカーのそれぞれにふさわしい音が出るようになっている。音を聞くためだけにドアを開け閉めしたくなるような魅力的な音だ。

車に愛をもって接する文化は、人にも愛をもって接する(イタリアやフランス映画を見るとよくわかる)。そして人に対して愛を持っている文化は「食」をもとても大事にしている。「食」は生きることの基本だ。「生きる」とは抽象ではなく具象だ。観念ではなく実在だ。デザインではなく芸術だ。何かへ至る手段ではなくそれ自体が目的なのだ。

おいしいワインやパンやチーズがあって暖かい照明の下、古い石造りの建物に住んでいる人間と、何が入っているのかわからないコンビニ弁当と何で出来ているのかよくわからない新建材の家で、どうして光っているのか理解できない蛍光灯の下で暮らしている人間とでは、生きる難易度は違う。

やっぱり実在の物が大事だ。技術なんてくそくらえなのだ。

ああ…、MINIはドイツ車だけどね。
by katayama_t | 2009-03-11 12:55 | Life
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記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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