Katayama Takatoshi Weblog
カテゴリ:Life( 411 )
デザイナーズカトラリー再生プロジェクト『柳宗理 編』1
タイトルが大げさすぎて気恥ずかしいが、要するに壊れたフォークを直したので、その記録。たぶん「1」で完結。

柳宗理のフォークを長年愛用していたが、先日あっさり折れた。ショックだった……。フォークが折れたことよりも、柄の中に埋め込んであるステンレス棒の短さにショックを受けた。おそらく黒檀であろう木の柄の中に、ほんの2cm程度埋め込まれていただけだった。これでは折れてあたりまえではないか。
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ということで、まず、適当な太さのステンレスの丸棒を探す。
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「あった!」
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バンドソーで切断して溶接。
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先日家具職人の大谷友彬さんのところから譲って頂いたウォールナットの端材にボール盤で穴を開け、ベルトサンダーで削る。
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オリジナルよりも長めに作ってバランスの良い長さで切断する。元の長さよりもほんの2mmほど長めで、少し太め。
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最後にエポキシ接着剤で固定して、エゴマオイルを塗って仕上げ。

以前ケトルの取っ手を作った時にも思ったが、オリジナルの形はさすがによく吟味されていて「良い形にしよう」と思うと自然とオリジナルに近づいていく。ただ、手の大きさが人によって違うので、使い手にぴったりと合わせようと思ったら若干の調整が必要になるのではないか。今回は、オリジナルよりも少し太く、やや丸みを持たせたことで使いやすく見た目も堂々としていてとても気に入った。
by katayama_t | 2015-01-16 11:37 | Life
デザイナーズケトル再生プロジェクト『柳宗理 編』3
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前回取っ手を交換して、それがようやく馴染んできたと思ったら、今度は蓋のつまみ部分がどうにも気に入らなくなってきた。薪ストーブの上に置いていると工業製品臭さが際立って、どうにも我慢ならないので、お昼に飲んだワインの酔いにまかせて作り替えることにした。

近くの家具工房からウォールナットの端材をもらってきて、適当に穴を空けてカット。角をカッターで落として、ねじ込んで、最後に台所にあったオリーブオイルを塗って完成。

なんともおかしなバランスだが、これはもう元のヤカンの形があれだからしかたがない。

「ファッション」ではなく実用品として薪ストーブを使用しているような生活の中では工業製品の「形の弱さ」が浮いてしまうのだということを最近よく感じるようになった。

工業製品が悪いと言っているのではない。工業製品=量産品だとしたら、自分がそういう大多数から外れているというだけ。そこに良いも悪いもない。
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いかにも不格好だが、我が家の生活にはこのほうが合っている。
by katayama_t | 2014-12-20 15:37 | Life
ストーブ運転開始
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夏に設置したストーブを今日から稼働させた。このところ身体の調子がすこぶる悪い。いくら休養をとっても快復しない。こういう時に家族がいて良かった、猫がいて良かった、絵があって良かった、そして火があって良かったと思う。
by katayama_t | 2014-11-15 20:42 | Life
生きるために必要なこと
自分には彫刻があって良かったと思うのと同じように薪割りや焚き火があって本当に良かったと思う。人が生きるために必要なことは、何かを作ったり、火を焚いたりすることだと思う。
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by katayama_t | 2014-11-14 17:41 | Life
「GAKE」へ
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まだ店を始めていない頃に一度お邪魔したきり、すっかり疎遠になっていた「GAKE」に行ってきた。先日家の前を偶然通りかかったとのことでわざわざ車から降りて挨拶していってくれたのがきっかけで、今日は家族で行ってみようという気持ちになった。最近体調がすぐれず、良い気晴らしになるかもしれないという期待もあった。

行くと予想外と言っては大変失礼だが、とても繁盛していて驚いた。店の周囲は車であふれ、ひっきりなしに客が来る。店の感じもおしゃれだけど適度に乱雑で落ち着く、無造作に展示してあるアンティークに子どもたちは興味津々。料理やケーキの盛りつけもなかなか美しく、コーヒーも美味しい。ランチをやっているとは知らずに、ランチタイムに飲み物のみという失礼をしてしまったが、今度はぜひランチを食べに行きたいと思えるほど居心地が良い。妻もすっかり気に入り「人が集まるのは店主の人柄もあるんじゃないか」とのこと。やっぱり人は人で動くのだよな、と再確認した。ここから臨む海もやはりなかなか見事。休日の楽しみが1つ増えた。
by katayama_t | 2014-11-03 22:56 | Life
ささやかな抵抗
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畑で在来種の黄色いトウモロコシと黒いトウモロコシを作っている。肥料不足で貧弱だけれど、とっても美味しいので毎年作る。黄色いトウモロコシと黒いトウモロコシは勝手に交配して黄と黒が混ざったトウモロコシができる。遠い昔、デッサンのモチーフに使われる乾燥トウモロコシにこういうふうに色が混ざったものを見かけた。その頃は「綺麗な謎の物体」でしかなかったものが、今自分の手元でその出自を明かしているのを目にすると、自分と世界との繋がりがまた一つ増えたような気持ちになる。

池澤夏樹の「静かな大地」という蝦夷地を舞台にした小説に政財界を動かすほどの実力のある商人が登場する。心ある和人とアイヌが共同経営する広大な牧場を乗っ取る算段で和人の代表者に近づいてくるのだが、牧場のことなど何も知らず馬と牛の区別もつかないようなその男は、牧場の広さや馬の数など数のことしか言わない。常に天井のある場所で仕事をして、私利以外は念頭にない。

一方そこで働いているアイヌは数のことなど考えたこともない。和人が来る前は山には鹿や熊、川には鮭がふんだんにいた。暮らしに困るようなことは無かった。今は和人に乱獲され動物がめっきり減ってしまったが、どうすることもできず、和人のやりかたに合わせて牧場で馬を育て、それを売りながら丁寧に暮らしている。立派な良い馬を育てることで有名だが、金儲けには関心が無く皆で安心して暮らせる場所がほしいだけである。しかし、最後にはその努力も空しく、牧場は和人の手に渡り、アイヌの暮らしは過酷を極めていく。

これは、言うまでもなく世界中で起きていることである。アメリカインディアンしかり、アボリジニしかりである。

物語の中で“熊の神”がこんなことを語っていた。
「今、和人は奢っているが、それが世の末まで続くわけではない。大地を刻んで利を漁る所業がこのまま栄え続けるわけではない。与えられる以上を貪ってはいけないのだ。いつか、ずっと遠い先にだが、和人がアイヌの知恵を求める時が来るだろう。神と人と大地の調和の意味を覚る日が来るだろう。それまでの間、アイヌは己の知恵を保たねばならない。- 中略 - 時の流れのはるか先の方に、アイヌと知恵ある和人が手を取り合って踊る姿がわしには見える。天から降ったものを争うことなく分ける様が見える。」

武力の弱い民族の文化を滅ぼし、存続を危うくしていくこと。つまり多様性を排除することは結局自分たちの首を絞めていくことに繋がっていくのではないか。

家の畑に来年も在来種の種を植えようと思う。
by katayama_t | 2014-09-07 12:24 | Life
木を切る人
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家の裏山にはおよそ100本の杉の木が生えている。これを少しずつ切っていって広葉樹林にしたいと考えているが、1年で5本ずつ切り倒してストーブや風呂釜の燃料にするとしても20年かかる計算。100本の杉の木を目の前にすると途方に暮れてしまうが、休みの日に少しずつでも継続していけば、いつかは終わるはず。

今日は5本の丸太を運び出した。山の急斜面を運んでくるとこのくらいでもう体力の限界。でも少しずつ少しずつ継続していくことが大切。
by katayama_t | 2014-08-05 22:07 | Life
谷中墓地とダンス
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午前中に薪割りをして、午後から久しぶりに谷中墓地を散歩。墓地は基本的にあまり好きではないが、谷中墓地はちょっとした公園のようで空気が明るくてとても良い。

その後「日暮里d-倉庫」で南弓子さんのダンスを観る。
生身の身体がそこにあって、ある意志を持って動いているというのは、それ自体でとても刺激的。様々なイメージが交錯して、最後まで目が離せないダンスだった。自分の存在を掛けて表現というものに真摯に取り組んでいる姿には心を動かされた。
by katayama_t | 2014-08-03 22:02 | Life
梅仕事
今日は梅仕事の日。
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長い間手入れされていなかった梅の木の枝を落として梅を収穫した。来年の春には様子を見ながら枯らさない程度に幹を切り落とし、もう少し背丈を低くして、梅が取りやすいように樹の形を整えようと思う。
梅干しと梅ジュース、梅酒を作る予定。

午後には散歩がてら、裏山でログハウスを作ってる工藤さんのところへ。
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工藤さんは都内で会社員として働きながら、休日だけ通ってたった一人でログハウスを作っている。その場に生えていた杉を切り倒して根を掘りおこし、チェーンソー1本で製材してここまで作ってしまった。作り始めてから約6年。たった一人でここまでやるのは気の遠くなるような作業。ものすごいパワーである。これを見ると私などは棟上げまで大工さんにやってもらったし、クレーンやらショベルカーなどの重機も使ったので「自分で家を作ってます」なんて恥ずかしくて言えないな、といつも思う。

その後、山に入り、杉の倒木を切ってきて薪作り。山の急斜面で材木を担いで昇ったり降りたりするのは重労働だが、こういう仕事はまったく苦にならない。山に入って目一杯働くと身体がとても気持ちいいし、作った薪で焚いた風呂がまた格別である。

身体を動かすという点では運動も同じだが、私は日本の学校で行われている「スポーツ」というものが嫌いだ。たかが玉遊びなのに、大人に大きな声で怒鳴られたりする意味がまったくわからない。子どもの頃は「競争」という概念が理解できずに、運動会でニコニコと笑いながら走っていてよく叱られた。まったく楽しくないし、思い出すと今でも腹が立つ。しかし、学校ではどういうわけかスポーツが奨励されていて、中学生にもなると土日の日中はほとんど部活動に費やされる。まったくくだらない。

そんなことをやるよりも、子どもたちは山仕事や畑仕事などをもっとやったほうが良いと私は思う。

最近、里山保全やら日本文化の継承やらと、失われつつある日本文化を見直す動きがある。それはそれで結構なことだと思うが、本気で取り組もうと思ったら子どもたちにスポーツなんてやらせている場合ではないのではないか。子どもたちは大きな労働力になるし、子どもたちにとっても自然の中で、自然と格闘しながら汗を流す経験はかけがえのない宝物になると思う。何より、薪割りや焚き火、土の上で虫や雑草にまみれながら植物を育てることはとても楽しい。スポーツなんてやらせている暇があったら子どもたちにそういう楽しさを伝えていかなければいけないと思う。

20世紀は人と人とのコミュニケーションに焦点をあてた時代だったが、これからは人と自然のコミュニケーションが大切になっていく時代だ。そうならなければ未来はない。
by katayama_t | 2014-05-25 21:04 | Life
八十八夜は過ぎたけれど
昔はこの時期に一家総出で汗だくになりながら1年分のお茶を作ったらしい。今はもう作らないからと言って隣のおばあさんからお茶の葉を頂いたので、人生初のお茶作り。

作り方がよく分からないが、蒸してもんで乾かせば良いのだろうと思い、フライパンで熱してから、蓋をして蒸して、もんで、熱して乾かし、またもむことを3回ほど繰り返して完全に乾かす。もんでいた手からお茶の良い香りが立つ。おもわず両手を鼻に当てて何度も何度も深呼吸。

出来たてのお茶はとても美味しい。今まで飲んだことの無い種類の何とも言えない美味しさ。昔はどこの家でも当たり前にやっていたのだろうが、もう今は廃れてしまったこういう素晴らしいものは他にもたくさんあるのだろう。少しずつ引き継いでいきたいと思う。
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by katayama_t | 2014-05-14 23:40 | Life


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
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