Katayama Takatoshi Weblog
カテゴリ:Life( 411 )
類は友を呼ぶか
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締め切りが迫っているがどうしても大学関係の仕事をする気がおきない。いや、考えてみれば大学関係だけでは無くて紙に向かったりコンピュータに向かったりする仕事が嫌いである。いくら締め切りが迫っているとはいえ、貴重な休日を椅子に座って頭だけを使って過ごすのはとても苦痛だ。

私はとにかく何かを作っていたい。毎日何かを作って暮らせればそれが一番幸福だと思っている。何かというのは家具でもいいし、野菜でも料理でもいい。とにかく何かを形にしたいという欲が強い。そして時々は『作品』も作らなければ精神の健康が保てない。

最近大学でよく訪ねてくる2人組の学生がいる。訪ねてきてもほとんど実のある話はしないのだが、そのうちの1人が先日会うなり履いている靴を見せて「これいいでしょう〜」「自分で作ったんですよ〜」と言ってきた。『どうせどこかの教室に通って教えてもらいながら作ったのだろう、おばさん臭い趣味だな』などと勝手に思っていたら、そうではなくて、道具も無いなか見よう見まねで夜な夜な作っていたらしい。夜中に金槌の音がうるさいと苦情も来たという。とんでもないバカだ。

少し興味を持って、いつも一緒にいるもう1人の話も聞いてみた。先日から木製のスプーンを作りたいと言ってきていたので「刃物も研げないあなたにはムリです」と言って適当にあしらっていたのだが、もしやと思い、「どうしてそんなことしようと思ってるの? 買えばいいじゃん」と言ってみると、案の定そんな軽い話ではなかった。身の回りの物をすべて自分で作りたいと思っているらしく、今は綿を育てていて、それを紡いで糸にして織って着る物も自作したいという壮大な計画を着々と進めていた。こちらもあきれたバカである。

こういう途方も無いバカがどうして自分の周りに集まってくるのか実に不思議である。私が大学でやっている学部の授業では基礎造形的なつまらない話しかしていないし、私が彫刻家だということも特に話してはいない。ましてや、家を作っているとか器を作っているという話もほとんどしていない。それでも何か同類の臭いがするのだろうか? 私は人に影響をあまり与えたくないので意識的に自分の話をしないように心がけているつもりなのだが、もしかしたら自分が思っている以上に自分の内面は周囲にばればれなのかもしれない。
by katayama_t | 2013-05-04 00:26 | Life
新しい車(中古車)
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昨日納車で今日からこれ乗ってます。5MTターボチャージャー付きのKei。修復歴アリ、走行11万キロで車体価格7万5千円也。サスペンションが柔らかすぎたのでRSRのローダウンサスに入れ替えて、INNOのキャリアを装着。ホイールキャップというアイテムが嫌いなので外して、ETCをPANDAから移植。これで今まで通り高速も山道もOK、荷物も積める。ガンガン走ります。

さようならパンダ。
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by katayama_t | 2013-04-30 22:02 | Life
雨の中バイクに乗りながら思う
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十代の頃は、夜、雨の中ずぶ濡れになりながらバイクに乗るくらいのことはへっちゃらだった。人間の身体は濡れても洋服のように脱水したり、獣のように乾かしたりしなくても、ただ拭けばいいんだから便利にできていると思っていた。視界は悪いし、ブレーキは効かないし、タイヤが滑りながら走っていても『危ない』とか『怖い』という発想が無かった。今だから言うが赤信号の交差点を左右も見ずに突っ切っていったこともあった。ロシアンルーレットみたいなものだ。どこかおかしかったのだと思う。

でも今は違う。もし事故って死んだり、半身不随にでもなったら家族に大変な苦労をかけると思うと、こういうクレイジーな乗り物には乗らない方が良いし、雨の日に乗るなんて正気じゃ無いんじゃないかと思う。この歳になってようやく『怖い』ということを覚えてきたような気がする。やっぱり今まで何かが足りていなかったのかもしれない。

若い頃は常に自分が一番だと思っていたので、人の意見を聞いたりすることはほぼ無かったし、人に何かを命令するような人間を心底憎んできた。だから学校は大嫌いだった。今でも少しはそういうところがあるが、ずいぶんと穏やかになった。やはり家族ができたからなんだと思う。今では人の意見もそれなりには聞ける。

「すぐに『これでいいんですか?』と聞きたくなっちゃうんですよねえ…」
昨日話していた学生から出た言葉だ。

こんな言葉を聞くと昔の自分だったら少し腹が立っていたかもしれないが、今はこういう学生はたくさんいることを知っているし、少しは理解できる。自分だってまったく畑違いのことをやらなくてはいけない場面になったら、自分の中に判断基準が無く、何をどう評価すれば良いのか分からないだろう。まあ、そもそもそういう立場に自分を置いてしまう時点でどうかとは思うが…。
似たような言葉で「教えてくれなければ描けない」という言葉もよく聞く。そんなばかな、と思うが、今まで計画的に生きてきた人にとっては、『とにかく描いてみる』という無計画で無目的なことができないのかもしれない(計画性のある人生のなんとつまらぬことよ!)。

今日は、1年生が課題のスケッチのアドバイスをもらいに訪ねてきた。今まで絵を描いたことがなくてどうすればいいのかさっぱりわからないという。身体が小刻みに震えていて、目を合わせようとしない。一通りアドバイスをした後、「描き直してもいいですか?」とか「モチーフを変えてもいいですか?」という質問を受ける。「すべて自由なんだ、好きにやればいい。」と答えながら、なんだかひどく気の毒になってしまった。今までいったいどういう生き方をしてきたのだろう? 何をそんなに怯えているのだろう?

人生はたぶん思っているよりも短い。だからできる限り自分を生きなくてはいけない。誰に何を言われようとも自分に正直に自由に生きなければいけない。子どもの頃は誰だって感情で動いていたはずだ。感情(自分)を殺して他人や社会に合わせることが、『大人』なのだとしたら、私たちは大人にならないように懸命に努力しなければいけない。

人類(自分)のために。世界のために。愛する人のために。
by katayama_t | 2013-04-24 23:53 | Life
ドイツレクイエム
d0094333_22303667.jpg以前からそうだったが、義母が亡くなってから仕事上の付き合いというものがいっそう苦痛になった。年度末なのでいろんなパーティがあるが、決まり切った愚にも付かない話を我慢して聞くということがもうできなくなってしまった。立場上出なければいけないという社会的圧力でパーティに出ても、まったく面白くなく、場の空気を沈ませている分かえって迷惑をかけている。その場にいる人たちに失礼なだけでなく、自分自身も不味い料理を食べた後のような後味の悪さで消化不良のまま、その後何日も吐き気が続く。

これはいけないと思って仕事上の付き合いを一切やめて、先日から陶芸をやっている。陶芸というのは不思議なもので、やっているとまったく時間を忘れてしまう。個展の作品制作でもそういう瞬間があるにはあるが、ごく希だ。個展に出す作品となると何としても良い作品を作らなければいけないという気負いがあり、常に時間との闘いで本当に没頭することはできない。頭で緻密に計算しながら感受性を開いて作っている。その矛盾が苦しい。

それが陶芸となるとごく簡単に入り込む。私は陶芸が本業では無いので、自分で使ってみたいと思うものを作っているだけで、人に認められたいというような欲求は微塵も無い。それが心地いい。

ものを作るというのは本来そういうものであるはずだ。作ることそのものに意味があり、人と比べるものでも、自己承認欲求を満たすためのものでもない。常にそこに立ち返って必要であれば世の中には不義理を通すべきなのだ。

「人に迷惑をかけてはいけない」というつまらない道徳観念が人をダメにする。必要であればいくら迷惑をかけたって構わないのではないか。

などということを「ドイツレクイエム」を聞きながら考えている土曜の夜。
by katayama_t | 2013-03-30 22:32 | Life
長い長い一日
今日は義母のお葬式。
遠路はるばる友人達が駆けつけてくれて、皆に愛されていたんだと改めて思った。
血縁でもなく、地縁もない人たちが、何の肩書きも、利害もないただの年老いた友人のために、その魅力だけで集まってくるというのは案外大変なことなのかもしれない。

本当に明るい人だった。
誰とでもすぐに打ち解ける才能は人生を豊かにする。周りの人の人生も含めて。
by katayama_t | 2013-03-21 21:30 | Life
長い一日
先日から同居していた義理の母が今朝亡くなった。昨夜様態が急変して救急車で運ばれて早朝に呼吸が停止しているとの連絡を受けたときにはすでに亡くなっていた。妻が通夜や葬儀の日程を決めて親族に連絡を入れている間、遺影に使う写真が無いので、今まで住んでいた伊豆の家まで写真アルバムを取りに車を走らせた。朝9時に家を出て帰ってきたのが夕方の4時半。それから、引っ越しの段ボールを片付けたりレコードを整理したり、庭でゴミを燃やしたり、まったく今やる必要の無いことをやっているうちに、夜になり、妻の兄夫婦が到着し、一緒にビールを飲みながらたわいも無い話をしていてようやく、ようやく、本当に死んだんだと少しだけ思えるようになってきた。それまでは今にでも何事も無かったように起き上がってくるような気がしてならなかった。

ほんの数日だけど一緒に過ごすことが出来て本当に良かったと思う。今まで「一人が気楽でいい」と言っていた人が、最後には「家族で過ごすのはいいねえ」と満面の笑みでしきりに言っていたのが印象に残っている。本当に良い笑顔をする人だった。

それにしても誰一人泣く人がいない通夜というのも初めて。これまで自分勝手に好きに生きてきたことを皆知っているからかな。

これから少しずつ彼女の描いた絵で家を飾っていこうと思う。
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by katayama_t | 2013-03-16 23:52 | Life
踏み台の話
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急遽必要になって、とりあえず作ったものをそのままずっと使い続けるということがある。

これは子どもの踏み台。

たぶん6〜7年は使っていると思う。以前住んでいた家で流しに手が届かない末っ子の為にありあわせの材料で作って、それからずいぶん身長は伸びたのだが、引っ越してきて流しを高くしたので、まだ使っている。

必要が無くなったら風呂を沸かすための燃料にしようと思っていたが、使い続けているとなんとなく愛着が沸くもの。こんなことならもっと良い材料でずっと持っていたくなる物を作れば良かったという気がしないでもないが、「その時」に必要だったのだからしかたがない。
燃料にするには愛着がありすぎるので、こいつはこのまま家の隅に居続けるのかもしれない。
by katayama_t | 2013-03-06 21:16 | Life
パーフェクション芯交換
パーフェクションストーブとは、今から20年以上前、世田谷のボロ市で出会った。

一目惚れして即購入。たしか値段は10000円だった。この値段が安いのか高いのか見当もつかなかったが、もう出会ってしまったのだから買うしかないというくらい惚れた。梱包もせずに電車で持ち帰り、家に帰って火を着けてしばらく眺めていたのを覚えている。

このストーブは綿芯なので少しずつ燃えていき、定期的に交換が必要。うっかり灯油を空にすると芯が燃えて無くなってしまう。よくあるガラス芯なら燃えないのでメンテナンスが必要無いが、その代わり点火や消火の時にかなり灯油の臭いがする。ちなみにアラジンのストーブも同じく綿芯なので臭いは少ないがメンテはかかせない。

今回はうっかり空焚きをして芯が片減りしてしまったので、買ってから何度目かの芯の交換。以前は燃料屋さん(昔はこういう店があった!)のデッドストックを買っていたが、それも在庫が無くなり、たしか数年前にネット経由で複数購入した覚えがうっすらとある。

探してみたらあった。
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HARVEY OIL COMPANY というところから買ったらしい。
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検索したらあった。世界中のストーブを扱っている
http://www.harveyoil.com/wickguide/
ちなみにこの芯は1つ10.95ドル

さて、交換。
まず芯の外側にあるガイドを左に回して外し
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つまみを回して芯を上に上げ
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これ以上あがらなくなったらつまみを回しながら芯を掴んで引っ張り上げる
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新しい芯を出して
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逆の手順で入れていく。
古い芯と比べるとかなり減っているのが分かる
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灯油を入れてしみこむまで待ち、火を着けるとこの通り
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このストーブ、アンティークに見えるが、いや実際アンティークなのだが、しっかりと耐震自動消火装置が付いているあたりも素晴らしい。地震対策は万全でないと。
by katayama_t | 2013-02-11 18:34 | Life
茅葺き屋根
行元寺で3週間かけて屋根の葺き替えをしているというので見てきた。茅葺き屋根というのは昔は20年くらいは持っていたらしいが、最近は持ちが悪く、前回の葺き替えから9年しか経っていない。茅の質もあるかもしれないが、家の中で火を焚かなくなったことが主な原因だろうとのこと。火を焚くと茅が乾燥するし、煙で防虫効果もある。茅葺き屋根を現代に蘇らせる為には、それなりの工夫が必要になるのだろう。

使用材料は茅と竹と藁縄。昔はこの辺りでも屋根材として山に茅を生やしておいたらしいが、最近は杉だらけで茅の入手も困難。藁も機械で稲刈りをするので全部細かく裁断され藁の荒縄も入手困難とのこと。おまけに茅葺き職人も高齢化して数も減り、次回はもう千葉県内で職人を見つけることができないだろうという。

こういうものはぜひ残していってほしいが、なかなか厳しい状況。
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by katayama_t | 2013-02-10 18:47 | Life
元日でも道が混む世の中になった
子どもたちが海を見たいというので、元日の朝、レンタカーを借りて沼津までドライブ。姪っ子も合流して海で遊んだ後は、少子化で廃校になってしまったという母校の中学校へ行く。門を乗り越え、敷地に入ってみると16年前に作った50周年記念のモニュメントが雑草に埋もれそうになっていた。後で聞いた話ではいずれ小中学校が統合された新校舎に移設されるらしい。

子どもが減り、たくさんの学校が無くなっていく中、おそらく全国各地の学校にあるモニュメントの行く末が少し心配。取り残され忘れさられることの無いような良い作品を作らなければいけないのだろうが、どんなに良い作品であっても、それを素晴らしいから残そうという感性と声を上げるだけの生命力が現代の人たちにどれほどあるのか疑問に感じる。

「地域再生」や「地域活性化」という言葉が空しく響くのはそれが常に経済のことのみを指しているからだが、本当に人が幸せを感じるのは、人や、人が作ったものとの関係性(コミュニケーション)においてだ。そこにこそ人間が生きる上で本当に大切な価値がある。
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by katayama_t | 2013-01-03 18:00 | Life


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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