Katayama Takatoshi Weblog
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沼津から千葉へ
昨日は寿司をたらふく食べて、今日は浜辺を散歩。午前中に出て千葉の奥地までずっと下道で6時間ドライブ。沼津の海辺から裾野の山中に入り、神奈川県を抜けて渋谷、青山を通り、皇居を横目に日比谷から晴海へ、千葉を通り抜けて市原から大多喜へ。遠い道のりだったけど一本の道がずぅーと繋がっているんだというのが良く分かって面白かった。あたりまえだけど東京の都心も富士の裾野の山の中も地続きなのだ。
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by katayama_t | 2006-12-31 20:05 | Life
餅つきの日
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昨日、千葉から六本木経由で伊豆大川まで移動。途中箱根ターンパイクを通って富士山と芦ノ湖を望む。伊豆大川に着いたら温泉へ行ってゆっくり…といいたいところだが3歳児と一緒に入ったのでいまいち入った気がしなかった。そして今日は恒例の餅つき。今年は20kgの米を用意したが、体力に自信がないので毎年誰かを連れて行くことにしている。今年は大学生の男女2人組。初めてにしては安定した餅つきで安心して任せられた。昨年は無洗米を使ったがなんとなく粘りが少ないような気がして、今年は普通の餅米にしたところ、やっぱりこっちのほうが粘りがある。つき上がったところでつきたての餅とビールとワインでお昼ご飯。一休みしてからまた車で移動。今夜は沼津だ。
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by katayama_t | 2006-12-30 20:03 | Life
IN JAPAN
d0094333_19595266.jpg昨日(28日)に日本に帰ってきた。2日に韓国に帰るまでつかの間の正月休みだ。
今日は朝、車で家を出て森美術館に行き、ビル・ヴィオラ展を観て、その足で伊豆まで餅つきに行った。ビル・ヴィオラはすごく有名なビデオアーティストだが、今までまとめて観る機会がなかったので今回初めてどういう作家なのかを知ることができた。この展覧会のタイトルが「はつゆめ」となっていることからも分かる通り、ヴィオラは日本に格別の関心があるようだ。インタビューでも76年と80年に日本に滞在して日本の伝統文化や禅の思想などに強い影響を受けたという意味のことを言っている。アメリカでは60年代後半から70年代の初めにかけて、アーティストや知識人の間に日本ブーム、東洋思想ブームが起きていた。鈴木大拙が禅に関する本を何冊か出版し、丹下健三の桂離宮の本とか、岡倉天心の茶の本などと共にアメリカでよく読まれていたようだ。

ヴィオラには多種多様な作品があるが、この展覧会の展示に関して言えば大きく2つのタイプに分けられると思う。一つは、人を一つのモチーフとして間接的に扱う作品。こちらのタイプは例えば人が水に飛び込む映像や、人の上に水が落ちてくる映像、静かに炎に包まれる映像など人を映しながらも表情は見えないか無表情かで、どちらかというと自然現象を扱い、登場する人物もモチーフの1つとして扱われる。それに対してもう一つのタイプは人の表情や仕草を精細にとらえ、超スローモーションで人の感情をクローズアップさせて見せる作品で、これは直接に人の内面を表現している。で、どちらが良かったかというと、私は断然前者だ。なぜかというと前者は人を抽象化することによって誰か特定の個人ではなく、人類として捉えられるのに対し、後者はあまりに人物の表情を詳細に捉えているが為にその人物個人の内面に関心が向くからだ。さらに言うと、その人物が演技している状況が見えてくるのだ。スタジオのセットの中で役者に照明が当てられ、カメラを前にして何か悲しいことを思い浮かべて涙を浮かべるとか、怒りの感情を思い出して迫真の演技をしているというような状況が、だ。これを観ていて私はピナ・バウシュの舞台を思い出した。両者はよく似ている。どちらも人の感情を扱っていて、それを直接的に見せる。ところが作者の思惑とは裏腹に、役者が迫真の演技をすればするほど観る側は冷めていくのだ。しょせんは演技だ。ほんとうに舞台上で泣いていたとしてもそれがいったい何だというのだ、と私は思う。

それに対して、前者の作品。人を一つのモチーフとして間接的に扱う作品の場合は人の内面の感情は見えない。そこでは人は人類として扱われており、人種や文化などから自由だ。特定の思想に影響を受けたと思われる作品でも、その思想に捕らわれることを巧妙に避けている。例えばクロッシングという作品がある。大きなスクリーンの両面に映像が投影されており、どちらの映像も暗闇の中を遠方からゆっくり男が歩いてくる。だんだん近づいて顔立ちまではっきり見えるくらい近くまで来ると静かに立ち止まり、片方のスクリーンには足下から小さな炎が立ち上る映像が、もう片方のスクリーンには頭上に水滴が落ちてくる映像が現れ、次第に炎の勢いが、また、水の落ちる量が多くなり、人物は無表情のまま静かに手を広げていく。炎や水の勢いが最高潮に達する頃には人影は見えなくなり、スクリーンいっぱいに滝と火炎が映し出される。そしてやがて火と水の勢いが小さくなり、最後には何も残っていないという作品だ。これを観て真っ先に思い出されたのは63年にベトナムの街角で仏教の弾圧に抗議して焼身自殺をしたという僧侶の写真だ。息絶えて仰向けに横たわるまでの15分間微動だにしなかったという。私が見たことがあるくらいだからヴィオラも当然見ているはずだ。滝に打たれるような映像といい、炎に包まれる映像といい明らかに東洋思想の影響を受けていると思われるが、モデルになっている人物の服装はスニーカーに綿パン、淡いブルーのシャツという典型的なアメリカ人の普段着スタイルだ。これがもしも、頭を丸めて僧侶の服装をしていたりしたらこの作品は台無しになっていただろうが、どこにでもいるアメリカ人のスタイルを使うことで単一の思想や宗教などから自由になって普遍性を獲得するのに成功している。
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他にもたくさんの作品があり、短い時間では観きれないほど充実した展覧会でちょっと無理をしてでも行ったかいがあった。良い展覧会だ。ちなみに展覧会のメインになっている作品は2001年の「ミレニアムの5天使」という作品で、これはすばらしい作品なので、こんなところで下手な解説を読んでいるよりも是非実際に観てきてほしいと思う。
by katayama_t | 2006-12-29 19:30 | Art
韓国のシーフードミックスによるクリームシチュー
d0094333_1913483.jpg今日はLabでベトナムの留学生と一緒にシーフードクリームシチューを作った。

冷凍のシーフードミックスを買ってきたのだが、小さな蛸が丸のまま入っているあたりが、韓国風だと言える。おいしかったけど。

I was cooking the seafood cream stew in Lab with the international student in Vietnam today.
I think that it is a Korea style as there is wholly a small octopus into the seafood mix of freezing. Though it was delicious.
by katayama_t | 2006-12-24 23:17 | Life
Merry Christmas
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by katayama_t | 2006-12-23 17:51 | Life
クリスマスケーキを貰ってしまった
d0094333_1453945.jpgいよいよ明日からクリスマス連休だ。今日は研究室の教授から大きなクリスマスケーキをもらった。今まで何枚かクリスマスカードは頂いていたが、ケーキまで貰うとクリスマスパーティーを開かなければならないような気になってくる。というか、誰か食べてくれる人を確保しなければならないので必然的にパーティーになるだろう。韓国の学生たちは皆帰郷するか、恋人と過ごすか、何か予定があるようだし、留学生といっても多くはないから皆がいなくなる前に食べた方が良いだろうな。ってことは明日か?

It is consecutive holidays of Xmas from tomorrow. A large Xmas cake was gotten from the professor in the lab today. When even the cake is gotten, it becomes a nature that should hold the Xmas party though the Xmas card has been gotten in some measure up to now. It is likely to become a party inevitably because it is necessary to secure the person who eats. Korean's student will return to the parents' family or spend it with the lover. The international student is few, and should eat before everybody is gone.
Is it so tomorrow ? …
by katayama_t | 2006-12-22 21:56 | Life
「国家とは共同の幻想である」 なんちて(笑)。
軍隊がない国というので、日本でも話題になったコスタリカの大統領が来年1月から大統領職で得る給料を全額福祉団体に寄付するそうだ。月額で約100万円。これが現地でどのくらいの価値がある額なのか知らないが、物価は安いんだろうな。
http://www.cnn.co.jp/business/CNN200612210020.html
どこかの総理大臣が不祥事の責任をとって給料の3ヶ月分を返納するなんていうバカ丸出しで同じ日本人として恥ずかしくなるようなことを発表していたが(自分が一番上にいるということを忘れてるんじゃないか?)、もうなんていうか「器」が違うという感じだ。このオスカル・アリアス氏は87年に中東和平に貢献した功績によりノーベル平和賞も受賞している。

コスタリカは軍隊がないとか、軍事費を使う代わりにその分の予算を全て福祉と教育に回しているとかで、映画も作られたりしてすごく持ち上げられているが、実態はアメリカ追従で今までやってこられたという面もあるし、この全額寄付というのもイメージ戦略という面が無いとは言えないだろう。私は大統領が社会的弱者を救済したいという思いからこの決定を下したことは疑わないが、おそらくそれだけじゃない。弱者救済という為だけなら公表する必要はないし、長期的な視野にたって政策で解決するべき事柄だと思う。とはいえ、私はそれを否定しているわけではなく、むしろ肯定的にとらえている。メディア戦略は今の社会においてとても重要だ。そういう視点で見てもこの決定は話題性もあるし、痛快だし、頭がいい。

やっぱりどこかの国の総理大臣とは格が違うのだ。
でも民主主義っていうのはその名の通り、民が主だ。国民が政治家を選ぶ以上、国民のレベルにあった政治家しか持つことはできない。言い換えると、政治家のレベルはとりもなおさず国民のレベルってことだ。国民って誰だ? それは私たち一人一人のことだ。はは、笑うしかないな。
by katayama_t | 2006-12-21 22:45 | Social
シャイな日本人、フレンドリーな韓国人
韓国のことをどう思うか、とよく聞かれるが、そのたびに韓国人は日本人よりもフレンドリーで、そこが韓国の良いところだ。と答えている。でもそれは単にまだ個人主義が浸透しきっていないということかもしれないとも思う。要するに田舎者なのだ。日本でも昔は、あるいは今でも田舎では客人に対してのサービスは時に感動的なほどに過剰だ。遠い昔、22歳の夏休みに私は友人と2人で九州まで自転車旅行をした。テントと炊事道具とわずかなお金と米を積んで地図も持たずに目的もなく軽い気持ちで出かけたのだ。別に自転車が好きなわけでも、サバイバルが好きなわけでもなく、単に暇でお金が無かっただけなのだが、行く先々で今時の若者にしては偉いと褒めちぎられ、見知らぬ人からいろんな差し入れを頂いた。中には泊まっていけというじいさんまでいた。そうだ、途中自転車雑誌の取材もあった(笑)。後でその雑誌を見たら勝手に日本一周を目指しているということにされていて笑ったが、実態は毎日飲んだくれたり、女の子をナンパしたりしていただけだ。そして気が向いたら自転車で移動する。

田舎に住んでいると変化が無く、めずらしいものが来ると、ついいじりたくなるということもあるだろうが、20年前の日本の田舎では人と人の間に壁が無く、すぐに人間的なつきあいが可能だった。で、それと同じようなことが今でも韓国では生きているのだ。ソウルのような都会でも初対面の人に対してとても良くしてくれる。こちらに来て2ヶ月近く過ぎて韓国にそろそろ慣れてきた頃に、ソウルに出かけたのだが、右も左も分からずどうしたものかと思っていた時に、東京でお世話になっている画廊で貰った韓国人アーティストの名刺を頼りに当日いきなり電話してみた。いきなり今から会えないかなんて無礼にも程があるが(笑)、なんと快く道案内をしてくれると言う。この人はいったいどういう人なんだろう?と思いながら待ち合わせ場所に行くと、しばらくして一回りほども年上の人が現れて、恐縮したのだが、彼のおごりで食事をしながら話をしていると、彼の話から出てくる名前は日本美術界の大御所というか巨匠というか、とにかくすごく有名な人たちだ。韓国と日本の交流展なども彼が企画しているらしいし、どうやら韓国美術界の実力者という感じで、私は次々に出てくる有名美術家の名前にただ笑うしかなかったのだが、ちっとも偉ぶったところがないので言葉に甘えてその日一日行動を共にさせてもらった。

まずはソウルに来た一番の目的であるメディアシティソウルという展覧会に連れて行ってもらい、その後安くて快適なホテルの予約(韓国語しか通じない)をしてもらい、最後に画廊が集中しているインサドンという場所を案内して貰った。いろいろと画廊を観た後に、彼の教え子が展覧会をやっているというので一緒に行ってみた。行くか行かないか迷っているようなので、せっかくだから行きましょうと言うとあまり気乗りがしないようではあったが、とりあえず行くということになったのだ。その時は彼がどうして迷っているのか分からなかったが、その後の展開を思い返すと、なるほどそういうことだったのか…。と後から納得がいった。

まず、画廊が終わったのが7時で、その後皆で食事に行こうということになった。メンバーは展覧会をしている本人(チョウさん)とソウルのどこかの大学教授と私と案内をしてくれている彼だ。チョウさんはもう人数分予約を入れたからとかなり強引だ。彼が一緒に行くのはかまわないか? としきりに私に訪ねるので、不思議に思いながらも、はい、OKです。と答えたが最後、次の日の明け方まで付き合わされることになったのだ。まず迎えの車がどこからともなく現れて、連れて行かれたのはとても高級そうな日本料理店。日本でも食べたことがないほどおいしいイクラや刺身を頂いてお酒は八海山。醤油やわさびや海苔や塩辛や鰹節など食材は全て日本からの輸入だという。大満足でお礼を言っていたところ、これからカラオケに行くという。自分が今どこにいるかも分からないし、こうなったらもうなるようになれだ。人生で初めてのカラオケに行ってみるとそこで英語とスペイン語を操る2人の女性が合流した。聞くと貿易会社の社長で古いつきあいなのだという。鈍感な私でもここまで来るとさすがにこれは自分の為にセッティングしてくれているのだということに気がついた。みんなそこそこ年配だ、いくらなんでも普段からこんなことをしていたら身が持たないだろう。後から来た女性にそれとなく聞いてみるとやはりそうだと言う。今日は日本から来た私のためのスペシャルデーだったのだ。

カラオケ屋といっても、赤坂にでもありそうな高級店だが、とにかくそこを出たのが2時頃で、それから今度はバーに行くという。やれやれだ。過剰だが、見ず知らずの自分のためにここまでしてくれるのかと、感動的ではあった。皆決して暇人ではないのだ。明日(日曜)も朝から仕事なのだという。

ここまで来ると、これは単に田舎者というコトバではかたづけられない。悪く言えば自己中心的だが、それは日本人の基準での感じ方だろう。もしかしたら日本人は過度に他人に対して遠慮深いのかもしれない。日本では世間という言葉をよく耳にするが、世間なんてのはホントはどこにも無い。自分が感じていることを世間というコトバに置き換えているのだ。そうやって自分というものを巧妙に隠している。他人に対して遠慮深いというのも人のことを考えているというよりも、自分に責任が及ぶのを嫌っているのだ。良い悪いの問題ではないが、そのことはちゃんと認識しておくべきだろう。たぶん世界でも日本人ほどシャイで曖昧で遠慮深い民族は珍しい。日本国内ではそれでも問題が無いが、海外に出たとたんにこの日本人の性質は大きな誤解の種になることは容易に想像が付く。自分の中に日本人バージョンの自分と海外バージョンの自分を用意しておいて、いつでもスイッチできるようにしておくと良いのかもしれない。と、最近自分に言い聞かせているのだ…(笑)。
by katayama_t | 2006-12-20 22:31 | Social
画竜点睛を欠く
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目が描けない…。
「画竜(がりょう)点睛を欠く」という言葉がある。
意味は絵に描いた竜に瞳を入れない、つまり最後の仕上げを欠いたために、全体が生きてこないということだが、「目」を描くのはとても難しい。それまでうまく行っていても目を描いたとたんに全てが台無しになるということがよくある。というか、それがほとんどだ。ほんの1ミリ動かすだけでまるで別の絵になる。それほど微妙なものを、鉛筆ではなく、チョークで描こうというのが無理だという気がしないでもないが、ほんとうはそうじゃない。どんな画材を使おうが微妙な表情が描けるときは描けるのだ。不思議なことだが太いチョークでも正確に微妙な表情を描くことはできる。こういうのはテクニックでは決してなく、自分の心理状態による。うまくいくときは明らかに自分以外の力が働いている。と書くとオカルトになるけど、そういう意味じゃなくて、普段の自分の能力を超えているということだ。もう少し自分を解放しないとだめだな。
by katayama_t | 2006-12-20 04:28 | Art
ワインとフォアグラと蝋燭の明かり
昨日はフランスからの留学生が国から送ってもらったワインとフォアグラでパーティーを開いた。

その後、流されるままカラオケへ。
私は今日人生で2度目のカラオケで1度目は3週間前にソウルで連れて行かれたと言ったらすごく驚いてたから、カラオケに行ったことが無い人なんて日本にはたくさんいる。私の周りにいる人は誰も行かないと言っておいた。
終わったのが3時。やけに寒いと思ったら外は雪、今朝は綺麗な雪景色だ。
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by katayama_t | 2006-12-17 22:40 | Life


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
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