Katayama Takatoshi Weblog
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情報化社会とミャンマーのデモ
ミャンマーで僧侶のデモが続いている。
ミャンマーは国民の90%が仏教徒という国で僧侶は人々にたいへん尊敬されているらしい。軍事政権が武力で鎮圧するのを躊躇しているのは、その行為が国民全体を敵に回すことになることを十分承知しているからだろう。
また、どんなに報道管制を敷こうともデモ行進の映像が次々とyoutubeにアップされている。いまや世界中が見ているのだ、対応を誤ればただでは済まないだろう。平和的に民主化されることを祈るばかりだ。
http://jp.youtube.com/watch?v=EIuSPl_xX-0&mode=related&search=
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シュプレヒコールをあげることもなく、ただ静かに歩き続ける姿は感動的だ。ガンジーの非暴力の行進を思い起こさせる。
by katayama_t | 2007-09-26 07:11 | Social
「お絵描き」のプレゼント
昨日は子どもの産みの親に会うために大阪まで行ってきた。小学生になった子どもが「産んでくれたお母さん」に会いたいと言うようになってきたので、3人の子どものそれぞれの産みの母親に間接的に連絡をとった結果、2番目の子の産みの母親から「喜んで会います」との返事が来たのだ。

家を出てから約5時間、ようやく着いた新大阪駅の改札で産みの母が待っていた。お互い初めてでどういう人なのか分からなかったが、すぐに向こうが見つけて声をかけてきてくれた。

子どもは嬉しいやら恥ずかしいやらでとても緊張していたが、皆で近くの動物園に行き、その後、大阪名物の「たこ焼き屋さん」で用意してきた「お絵描き」のプレゼントを渡す頃にはすっかり打ち解けて、たくさん話をし、もうすぐ帰るという時になってようやく手をつなぐことができた。

一夜明けた今日はどう過ごすのだろう?と思っていたが、昨日のことなどまったく口に出さず、まるで何事もなかったかのように元気に遊んでいる。

このところ毎日産みのお母さんのことを考えていたに違いない。ひと月程前、産みの母親に会えるとわかった時からぴたりと「だだこね」が無くなり、いつもいじめていた末っ子にもやさしく接するようになり、はっきりと自分の考えを言うようになった。
世界と自分が少し繋がったのだろう。

帰りの車内で末っ子の4歳の息子がこんなふうに言った。「あ〜あ、○○さん(産みの母親の名前)も早く連絡くれないかな〜」。
この子の言うことにはいつも驚かされる(笑)。
by katayama_t | 2007-09-23 16:08 | Life
梅の酵母に自家製のパン
妻がパン作りの腕を上げている。
腕を上げるというのは、以前とまったく同じやり方をしていてもうまくいくようになるということだ。失敗というものが無くなって、かなりテキトーにやってもちゃんとできるようになる。
梅の季節に砂糖と水と梅の実をテキトーに瓶に入れておいただけで梅酵母が発酵し、もう何ヶ月も生きている。飲んでみるととてもおいしい梅ジュースだ。これを小麦粉に混ぜるとパンがよくふくらんで、香りもすばらしく、食べるとものすごく美味い。
明日は遠出をするのでこのパンを持って行こう。
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by katayama_t | 2007-09-21 23:50 | Life
家には同じ本が何冊もある
また同じ本を買ってしまった。これで4冊目かな…。読みたいと思ったときにはどういうわけか見あたらないのでその都度また買ってしまう。

クリシュナムルティには大学生の頃に出会った。
きっかけは些細なことだ。

何年生の時だったか忘れたが油絵科の友人が夏休みにインドに旅行に行った。

私たちの世代は小学生の頃に「浅間山荘事件」を経験し、安保も学生運動も全て失敗に終わって世の中から忘れ去られた頃に大学生になった。インドブームもとうの昔に去り、「パリを見たい!」というやむにやまれぬ衝動もなく、高度成長の中、何不自由なく過ごしてきた。無気力、無感動、無関心の三無主義と言われたいわゆる「しらけ世代」だ。おまけに学生の頃はバブルの真っ最中で世の中全体が浮かれており、「思想」なんてものは流行らなかった。私たちよりも上の世代はやけに元気で自信に満ちているように感じられて、それがまた不信感につながり、大人という大人はみんな嫌いだった。もっともそれは私だけかもしれないが…。

だからインド思想にも関心が無く、むしろそういうものに対しては懐疑的で、インドに旅行に行く理由も、ただ単に「安いから」という理由以外に無い。

友人も宗教は毛嫌いしていたし、インドの神秘なんて笑い飛ばしていたのだが、その彼がインドに行ったきり夏休みが終わっても帰ってこない。そして、ようやく帰ってきたと思ったら、なんだか様子が変だったのだ。いつも一人で虚空をみつめてにやにやしている。気味が悪いったらないが、一応友人なので「どうかしたのか?」と声をかけた。そしたら、彼が言うにはインドに行って何かが変わってしまったのだと言う。

最初は、体の中を風が通り抜けているような感じがして、手の平から明らかに何かが吹き出している感じがしたそうだ。
私は「またややこしい話を始めたな…」と思いつつ「インドで何か変な薬をやったんじゃないか?」と聞いてみたが、「いやそんなことはない、観光なんてほとんどせず田舎で毎日おいしい野菜ばかり食べて寝ていたんだ。」と言う。

そして日本に帰ってきたらどうも体がおかしい。どうおかしいかというと、毎日手の平から風のような何かが出ていて精神的に落ち着かないし、何か重大な変化が起きているような感じがひしひしとするが、どうすればよいのかわからない。そこで彼はとりあえず病院に行ったそうだ。
しかし、検査をしても異常はなく、健康そのもの。しかたがないので自力であれこれ調べているうちに、これはどうやら「気」というものらしい…。ということが解ってきた。そうこうしているうちに日に日に症状が悪化して、今では人の体調などを感じとってしまったり草木の「気」も感じるようになってしまったので、いつもにやにやしているように見えるんじゃないか、と言う。

それは、何か訓練して「気」が強くなってきているの?と聞くと、そんなことは全くなく逆にくだらないテレビを寝転がってぼーっと眺めていたりすると突然手の平からすごい勢いで「気」が出てくるのだという。元来怠け者なので何もしないでいることが多いのだが、そうするとますます「気」が強くなっていく。困ったものだという。

なんだか、わけのわからない話だが、嘘をついているようには見えないし、そういうこともあるんだなあ…、くらいに思っていた。

その後、たまたま立ち寄った本屋で彼の言っていたことを思い出し、思い立っていつもは行かないインド思想の書棚に行ってみた。「神秘」とか「真理」とかいうコトバがでかでかと表紙に出ているような、うんざりするような本が並んでいた中で、そっけないほどシンプルな表紙の薄い本が目にとまった。そしてぱらぱらとめくると、押しつけがましいようなコトバも無かったので、気まぐれに買ってみたのだ。
それがクリシュナムルティとの出会いだ。

買った本は「クリシュナムルティの日記」という本で、帰りの電車の中で読んでみたのだが、これが困った本だった。使われている言葉は平易だが、言わんとしていることが全く理解できない。まるで禅問答だ。いったい何を言っているのかわからないまま読み進めて、読み終わっても全く解らなかったが、不思議と惹かれるものがあって何度も何度も読み返した。学生時代はけっこう暇だったのだ。

そんなある日、道を歩いていていつものように本に書かれていた言葉を暇にまかせて反芻していると、突然雷に打たれたように理解してしまった。いや正確に言うと理解したというよりは、本に書かれている言葉を理解しようと自分の中で何度も反芻しているうちに突如として視界が開けたという感じだ。瞬間、自分の脳が自分の外の世界にすごい勢いで拡散していくようだった。自分の体中の細胞が外の世界に開かれたような気がした。周囲の全てが輝いて見えて、一瞬のうちに世界ががらりと変わった(またすぐにもとに戻ったが(笑))。その体験はそれまでの自分の人生の中で一番の衝撃だったといっていい。なにしろ「しらけ世代」だ、些細なことには動じないし、めったなことでは感動なんてしない。

この本には言葉では説明できないことが書かれていた。だから言葉の意味を探ろうとしても理解できない。何かすごいことが書かれているのではないか、などと期待して読んだらまったく期待はずれに終わるだろう。何かを得ようとして読んでも得るところは何も無い。でもとても魅力的な本だ。そんなわけで先日「ムルティの日記」の何冊目かを買った。同じ本が家の中の荷物の段ボールの古い地層のほうに数冊埋まっているはずなのだが。
by katayama_t | 2007-09-19 23:52 | Life
里見八犬伝の地へ
しばらく中断していたが今日また土地を見に行った。今住んでいる近くにも土地が無いことはないのだが、いまいち「これだ!」というような気に入った土地が無い。

家の近くで近所の人がすぐにでも売ってくれるという土地は、日当たりはいいし、格安だし、大工さんの家のすぐ近くだし、そして何よりこの辺にも慣れてきて安心して暮らせるし、普通に言ったら申し分ない土地なのだが、飛び上がりたくなるような魅力がない。金もないのに贅沢を言っているのはわかっているが、やはりわくわくするような土地じゃないとどうも気乗りがせず、力も湧いてこないのでそのまま契約を先延ばしにしていた。

そして、今日見に行った土地は、何年か前に一度見た土地で、すばらしいロケーションだったのが印象に残っていた。ただ、遠すぎて大学へ通えないので考えないことにしていたのだが、一生に一度の買い物だし、あと何年勤めるかわからないような職場の立地を基準に住む場所を選ぶというのもばからしいという気になってもう一度見に行ったのだ。

場所は鴨川の近く、富山町。南総里見八犬伝の舞台になったという土地だ。山の上に位置し1000坪ある広大な土地に風が抜けて行く。海が近いせいか空気に潮の香りが混ざっている。やはりなかなか良い土地である。まずは電気や水道を引いて道を作った場合の見積もりを取ってもらって、周辺の聞き込みをして、土地自体に何も問題が無ければここに決めようと思う。
高校を卒業して東京に出て来てからというもの、すでに9回引っ越しをしているが、順調に都心から遠ざかっている…。

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by katayama_t | 2007-09-17 22:02 | Life
秋の訪れ
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9月も半ばだというのに暑い日が続くが、秋はすぐそこまで来ている。きのこが顔を出し、柿が色づき、栗が大きくなってきた。
昨日は小学校の運動会、私も親子競技で2回出場したが、やるからには負けられないので本気になって2回とも1等賞をとった。大人げないと言われそうだが、たとえ小学校の運動会でもおもいっきりやらないと楽しくない。
by katayama_t | 2007-09-16 20:42 | Life
Cooooool !!!
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http://wiredvision.jp/news/200709/2007091219.html
http://www.citroen.com/CWW/en-US/NEWS/NEWSRELEASES/LatestNewsReleases/040907_CACTUS.htm


さすがはフランス!
なんて綺麗なんだ。見事としか言いようがない。

写真はフランクフルト・モーターショーでシトロエンから出展されるコンセプトカー『C-Cactus』。

内装は化学物質不使用の羊毛フェルト。レザー素材も、なめし工程で出た切り落としを活用しているらしい。そして燃費はリッター29.4キロ!!(プリウスは新しい計測方式で29.6)
これは嘘ばっかり書いてある日本車のカタログデータとは違って欧州車は実際にこのくらい走ると考えて良い。
ちなみに私のパンダのカタログデータはリッター15〜16キロと書いてあるが、実際には17〜18キロ走っている(笑)。

こういう車が出てくるとプリウスのようなダサダサのビンボーくさい車なんかに乗ろうという人もいなくなるんじゃないか。あんな目を覆いたくなるようなへたくそなデザインは早く世の中から消えてほしいぜ、まったく。
by katayama_t | 2007-09-12 18:48 | Art
日本の風景
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4泊5日で南魚沼市に行っていた。米と酒がおいしい地域だ。今年は日本の風景を見る機会が多く、いままでいかに日本を知らなかったのかということを身にしみて感じた。雪の季節にまた南魚沼地域を訪れようと思う。道の両側が5mの雪の壁という世界を見てみたい。
by katayama_t | 2007-09-11 19:13 | Life
秋風
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今朝から秋風が気持ちいい。飼い猫のカムと一緒に風に揺れる庭の緑を見ていて飽きない。とても美しい。一日中でもこうしていられそうなくらい気持ちがいいが、子どもはどういうわけか暗い部屋の中で本を読んだり人形で遊んだりしている。

こんなに気持ちがいいのに外に出なければもったいないので、午後から子どもを誘って川へ魚を捕りに行った。水槽にボウフラがたくさんいるので、魚に食べてもらおうと思ったのだ。ドジョウは水底にいてボウフラを食べる気配がない。

川に行くと、このところ雨が降っていないせいか水がきれいで魚もたくさんいたが、動きが速すぎて全然捕れない。その代わりに川海老がたくさん捕れるので、ターゲットを変更して今日は川海老捕りにした。ほんの30分くらいの間に数十匹捕れた。

家に帰って素揚げにしてビールのつまみにしたら、身がぷりぷりしていて今まで食べたことが無いくらい美味しい。生きているまま揚げたので鮮度は最高だ。
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秋になるとまたいろいろと美味しいものが出てくる。秋はいい季節だ。
by katayama_t | 2007-09-02 23:57 | Life
木の文化と日本の刃物
昨夜は12時から朝8時頃まで久々にぐっすりたっぷり寝た。朝食をすませてから、思い立って家にあるナイフを研いだ。まず鉛筆を削るのに使っている切り出しナイフを研ぎ、次に肥後の守(ひごのかみ)を研いだ。

日本の刃物は良くできている。
先日井波の木彫刻キャンプで、世界9カ国の彫刻家が現地制作していたが、使っている道具を見るとどれも驚くほどお粗末だ。まず、日本の刃物のように軟鉄と鋼を合わせたような構造の物は見あたらず、ノミに口金も桂もついていない。そんなものを木槌でたたけば当然柄が割れてしまうのだが、割れたらまた付ければいいじゃないかという考えらしい。
刃の構造を見ても日本では肥後の守のような小刀でも、刃は青紙割込という構造で出来ている。青紙というのは鋼の種類で粘りと硬度を合わせ持つように調合されたもので、割込というのはそれを左右から軟鉄でサンドイッチしている構造ということだ。切れ味と強靱さを合わせ持っている。日本は木と紙の文化だと言われるが、道具を見るとそのことを実感する。
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井波彫刻キャンプに参加している海外から来た彫刻家は10日間滞在するうちに日本の刃物に惚れ込んでまとめ買いしていく人が多いらしい。
by katayama_t | 2007-09-01 11:45 | Social


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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