Katayama Takatoshi Weblog
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昨日は春、今日はまた冬
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今朝大学に行くと、あちこちで削岩機の音が炸裂していてまるで戦場のような有様。すぐさま大学を後にして、大学院生のヤクボくんと秋葉原へ電子工作に使う工具を買いに行った。北海道出身の彼は秋葉原が初めて。あふれかえる電子部品の山に興奮を隠しきれない様子。

テスタや半田ごてなど一通り購入してから、意匠展を見るために表参道へ。駅構内で3年生の前田君を発見し、3人でお昼を食べてから会場のMODAPOLITICAへ。雨がみぞれに変わり、凍えながらようやく会場に到着。あいにくの天気にも関わらず会場は大盛況。何人かと話をして、次は一人で横浜美術館へ髙嶺格展を見に行く。性をモチーフにしていたり、シリアスな内容でもユーモラスであったり、やはりダムタイプだなあ、と妙に納得。

図録をぱらぱらとめくっていると、「ダムタイプのORはS/Nと比べられなければ決して悪い作品ではなかった。」という一文を発見。あの頃は誰もが「S/Nの次の作品」という見方をしていて、自分も含めて多くの人がORに幻滅したと思うが、冷静に考えると確かに悪い作品じゃない。ちょっと酷な見方をしたのだなと思う。昔ダムタイプを見て初めて「パフォーマンスとは何か」ということが分かった気がしたが、髙嶺さんの作品もそれと同じ感じがある。パフォーマンスという手法がぴったりとはまっていて、なかなか面白い。

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電車の中で環の会報告書の編集作業をしながら帰る。
暖かくて花粉がたくさん飛ぶよりも、寒くて凍えている方が良い。
今日はまだ酒を飲んでいない。
by katayama_t | 2011-02-28 23:51 | Life
社会科見学:木工所編
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いつも木材を仕入れている江澤木材で杉板を買うついでにまたいろいろと見せてもらった。

加工場には刻み終わった材木が積まれていて、家を建て始める直前の張り詰めた空気が漂っている。木材の刻みはすべて機械だというので、どうやっているのかと質問すると詳しく教えてくれた。

木材の刻み方法は大きく分けて3タイプある。

1つは手刻み。手刻みと言っても、丸鋸やバンドソーなど、機械は当然使うが、基本的には墨を打った箇所を頼りに手作業で刻んでいく。1mmくらいは平気でズレるので、かなりの誤差が出て、組み合わせても隙間だらけ。でも、すべての箇所を組んでいくとカッチリと動かなくなる。我が家はこの方法で刻んだ。

2つ目はプレカットといってコンピュータのデータで刻んでいく方法。材料に墨を入れることなく、寸分の誤差もなく仕上がる。最近はほとんどがこれらしいが、私には縁がないので実は加工場は見たことがない。加工された木材は見たことがあるが、ほぞの深さはほんの50mmくらいだった。金物ですべて固定してしまうから問題無いということらしい。また、木材は集成材を使うので、反ったりねじれたりせず、ほぞが浅くても施工後に狂ってくることが無いという理由もあるらしい。
今の住宅はほとんどが集成材を使うが、新しい建材なので集成材がいったい何年持つものなのか、実は誰にも分からない。今建っている家で実験しているようなものだが、住宅の寿命が20年なので、あまり実験になっていないと思う。

そして、3つめが機械加工。プレカットのようにコンピュータを使わずに刻む箇所を機械に通して加工していく。だからすべて墨を入れてあるが、墨と実際のカットされた部分が微妙にズレている。これは機械の方が正確で手で入れた墨が不正確。だから手刻みのような誤差は出ず、ピッタリと収まる。そしてプレカットのようにほぞが浅くなるなんてこともない。良いことずくめである。江澤木材はすべてこの方法で、専用の機械を何台も入れている。

家を建て始める前にこういうことを知っておくと良いのだが、なかなかそうはいかない。建て始めないと、構造も分からないし、説明を聞いても理解できないだろう。「次」があれば、もっとうまく建てられる自信があるが、借金だらけで残念ながら次はもう無い。
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by katayama_t | 2011-02-27 23:09 | Construction
誰かスイッチやコンセント類をデザインしてくれ
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今朝コンセントを1つ取り付けてみて、様子を見ていたが、どうみてもダメな感じ。色を塗ってみるとか、ヤスリがけしてみるとか、いろいろと考えたが、そういうレベルの話じゃない。

それは苦労して貼った杉板が台無しになるほどのダメさ加減で、いかんともしがたい。そもそも素材がダメ。プラスチックであることは必ずしも否定しないが、プラスチックらしさが無く、セラミックを模倣した感じが嘘っぽさを醸し出している。プラスチックはプラスチックらしく、ビビッドな色にするとか、半透明にするとか、もうちょっとなんかやりようがあるだろ?

でもよく考えたら普通の家は紙を模倣したプラスチックの壁紙に覆われているのだから、こういうまがい物がちょうど良く似合うのかもしれない。嘘で固めたような内装にいきなり素材感のあるものを持ってきたりしたらそれこそミスマッチだ。

家に帰ってきて、木製のスイッチプレートは無いのか? と思って検索してみると、結構ある。結構あるのだが、値段は手が出ないほど高い。やれやれ、もうこれは作るしかないではないか。こんなもの全然作りたいと思わないが、しかたがない。

こうして工期は際限なく伸びていくのだ。
by katayama_t | 2011-02-26 23:59 | Construction
富士日記のように
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昨日LUCYにblogをもっと更新しろと言われた。
忙しすぎて書けないという返事の半分はホントで、もう半分はいいわけ。

忙しくて書くことが思い浮かばないというのは本当だが、でも、毎日生活しているのだから、書くことが無いなんてことはないのだ。

気の利いたコトバや特別なことは書かなくてもかまわない。淡々と書けば良いだけ。

そう「富士日記」のように。

なにげない日常に大切なものが隠されているのだ。きっと。
by katayama_t | 2011-02-25 23:59 | Life
時間をかけることの価値
d0094333_23205718.jpg先日、いつものように家作りの作業をしていると、親から電話があった。
「家の方はどうなっているんだ?」という話。
何年も顔を見せていないし、ほとんど報告もしていないから、親としては「こんな長い時間をかけていったいどうなっているんだ?」という気持ちになるのは分かるが、木で家を作るというのはそんなに簡単じゃないのだ。棟上げが終わって大工さんに言われたのは、ここから完成までには大工が3人がかりで半年かかるという話だった。

私たちはほとんど土日しかやっていないので、単純に計算したら1/3しか時間がとれていない。それに加えて、作業しているのは、たいてい私1人か妻と2人だし、大工だけじゃなくて左官も電気工事も水道工事も自分たちでやっているので、実質の進度としては1/5くらいのものだと思う。

…ということは、半年×5=2年半!

現代の生活からみたら2年半は長く感じるかもしれないが、私たちは100年もつ家を作ろうと思っているのだから、それを数ヶ月や半年で建てていいはずがないと思う。「100年もつ」というのは、物理的に100年間壊れないということだけではなく、嫌にならない、愛し続けられるということだ。

経験も無い私たちが、最初に思い描いた完成形を目指して建ててもろくなモノにはならないだろう。作りながら考えていく時間を大切にするならば、家を作るというのは最低でも1年はかけなければいけないのではないか? もちろん、建築なので計画を途中で大きく変更するのは難しいが、使用する材料や壁や床の収まりを自分達で工夫するだけでも「他の誰かが考えて勝手に作ったもの」ではなく自分たちで考えて気に入るように作ったものになる。

親は「大工さんに手伝ってもらったら?」とか「どうしても自分で作りたいの?」などと聞くが、そう聞かれても返答に困る。別に一から十まで全て自分で作りたいというわけでもないのだが、勝手に作られても困る。要するに自分で時間をかけて納得してやり方を決めていきたいのだ。

現代の生活は「効率」や「コスト」が重視されていて、速くて安いモノが当たり前になっている。それ自体は悪いことじゃない。自動車が普及したおかげで行動範囲は広がったし、こうしてネットにblogを書いたりできるのもそういう近代の価値観が成功してきたからだ。私たちは今さら閉じた地域共同体に戻ることはできないし、そういう逃げ場のない濃密な関係性はゴメンだ。

でも、それによって失ってきたものもきっとたくさんあって、人間が幸福を感じながら生きることにおいては、近代化によって失いつつある、不合理で、非生産的で、理屈に合わないような物事がとても重要なのかもしれない。人間は機械ではないのだ。

そういう情報に翻弄されて機械によって働かされている近代合理主義的社会を鮮烈に表現した舞台作品にダムタイプの「pH」(1990年)がある。そのビデオバージョンに出演者の一人ピーター・ゴライトリーのモノローグが収録されている。

困った顔をしてピーターがつぶやく

「小さい頃家の前に道があった。地球は丸いからそれをずっと歩いていったら一周して自分の家までまた戻れるんだと思った。

でも、自分はアメリカからここまでその道を歩いて来なかった。
飛行機に乗ってきた。速いからあたりまえ…。
でもその道を歩いてきたらきっといろんなことが見えた。
飛行機に乗ってきたということはそれを飛び越してきたということ。

う…ん。なんか、ズルしました。 という気もします。」


ゆっくりと時間をかけて結果を急がないことの価値を見直すべき時代になってきているのだと思う。 
by katayama_t | 2011-02-22 23:19 | Life
デザイナーズケトル再生プロジェクト『B-M-S 編』
私はヤカンが好きである。金物屋やホームセンターに行くと必ずといっていいほどヤカン売り場に行くし、気に入るヤカンを買うために合羽橋をくまなく探し回ったこともある。人の家に行っても使っているヤカンが気になるし、車で走っていても金物屋の前を通るときには店の中にヤカンを探してしまう。もちろんamazonのヤカンコーナーは全て見た。日本で売られているヤカンならたいていのものは目にしていると思う。もう完全にマニアである。

そんな私が一番最近買ったヤカンは富士ホーローの定番BMS(ビームス)。このヤカン、実は1つ家にあるのだが、今回は職場で使うための購入。同じ物を購入するということは「好き、好き、大好き」という感じでよほど気に入っているのだと思われるかもしれないが、特にそんなこともなく、どちらかというと消去法で決まったようなもの。いつもそばにあって視界に入ってきても気にならないもので、汎用性が高く、値段も安いものとなると、世の中にヤカンは数あれど、あまり選択肢は無い。誰がデザインしたものか知らないが、良く出来ていると思う。

それともう一つ、このヤカンを選んだ大きな理由の一つには取っ手が木でできているということがある。木でできているということは、見た目や手触りはもちろんのこと、何よりも自分で修理が可能なのだ。先日、柳宗理のヤカンを修理したが、これは溶接技術があるからできることで、素人が自分で直そうとしてもちょっと難しい。

その点、このヤカンは取っ手の木材に鉄製のツルをネジ留めしてあるだけなので、取っ手の交換は、自分で適当な木材を見つけてきて付け替えれば良いだけ。

写真のヤカンの取っ手は近所で枝払いしていたサルスベリの枝をもらってきて、適当な長さに切ってとりつけたもの。「良いデザインとは何か」というのは、人によって異なると思うが、私の生活にとっての良いデザインというのは基本的に自分で修理が可能だということが重要な要素の1つである。
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by katayama_t | 2011-02-03 23:14 | Life


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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