Katayama Takatoshi Weblog
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くやしい思い
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外がとても気持ちよい季節。
今日は一日中外にいて、庭の草むしりや薪割りなどしていた。
ただぼーっとしているだけで、時間だけが過ぎていくこの感じには、馴染みがある。子どもの頃もよくこうして一日中外で過ごしていた。何をしていたわけでもなく、ただ拾った石やガラスを磨いていたり、蟻の行列を眺めていたり、していた。

もともと外が好きだったということもあるだろうけど、それ以前に家が狭くて家の中にいるという選択肢がそもそも無かったような気もする。だから家の中で何かをしたという記憶がほとんどない。子どもの頃、家には積み木やブロックなど、子どもが遊べるようなものは何一つ無かった。それどころか小学生になるまで、家には本も無かったし、鉛筆も紙も無かった。およそ文化的なものは何もなかった。今だったら「貧困家庭」と言われるのかもしれない。冷静に思い返してみても、友だちの家はもっとずっと広くて裕福だった。でも、それで特に劣等感を持ったり、嫌な思いをしたりすることもなかった。むしろ、おこずかいで無駄な買い物をする同級生たちをひそかに見下していたようなところもあった。何かを買ってもらったりしたことはなかったが、物欲もなかったので何も困らなかった。

ただ「うちは貧しいのだな」と意識したことが一度だけある。4~5歳の頃、独りで家にいて、家にあった唯一の筆記用具だった、赤のダーマトグラフで襖にタコの絵を描いた。自分でも驚くほどよく描けたので、早く母に見せたくて、帰宅を心待ちにしていて、帰ってきたら、「お母さん! これ見て!」と言ったら、母の顔がみるみる引きつって、ひどく怒られた。「何やってるの!! ここは借家なんだからそんなことしたら出るときにお金がかかるでしょ! 消しなさい!!」といきなり怒鳴られた。

「借家」や「お金」という言葉が頭の中でリフレインする中、くやしくて泣きながら会心の作を消しゴムでこすったことをよく覚えている。ダーマトグラフで描いた絵は薄くなるだけでほとんど消えなかった。やがて父も帰宅して、親たちで何か相談していたようだが、それっきり何も言われなかった。その日は沈んだ空気の中、気まずい思いをしながら無言で過ごしたように思う。

あの時のくやしい思いを今でも時々思い出す。
by katayama_t | 2016-04-10 21:44 | Life


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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