Katayama Takatoshi Weblog
もっと遠回りをしないといけない

もっと遠回りをしないといけない_d0094333_21343809.jpeg

今朝は少し時間があったので遠回りをして大学へ向かった。見慣れない道を走ると景色が新鮮だし、なんだか小旅行に来たような開放感が味わえて良い。あちらこちらでセイタカアワダチソウが黄色く色づいていてとても綺麗。雑草が生い茂っている野原も昔はぜんぶ田圃だったのだろうと思うと少し複雑な気持ちもするけど、人工物が少ない景色を目の前にするとやはり安らぐ。

このところずっと大学の仕事が忙しいので少し息抜きをしたい。季節もいいし2~3日休暇をとってどこかに行こうかと思っている。


# by katayama_t | 2020-10-14 21:35 | Life | Trackback | Comments(0)
とても良い日

朝10時頃に家を出て、大学で一息ついてから銀座の巷房へ向かう。3階で白石ちえこさんの個展。葉書を見たときには版画かなと思っていたけど写真だった。北海道に滞在して何年も鹿を追っていたようで、艶消しの印画紙に淡くプリントされたモノクロームの写真は鉛筆画のようでもある。じっと見入る。とてもいい。写真と絵画の違いってなんだろうと考える。もちろん画材や手法は違うのだけど、本質的な違いはほとんどないのではないかと白石さんの写真を見ながら思った。問題は画材や手法ではなく、作家がどこまで対象と一体となっているかということだと思う。対象を自分の外側のイメージとして捉えるのと自分と対象の境がわからなくなるほど自分をなくしていくのとの違い。白石さんの写真は風景や鹿と一体になっている。彼女自身が風景であり鹿だった。

巷房を出て銀座線で表参道へ。ギャルリーワッツで、えんどうもみさんのジュエリーを見る。2~3日前にも見たのだけれど、どうしてももう一度見たくなって再訪。今回はえんどうさんに全ての作品を解説してもらった。どれも素晴らしい。毎年個展をしているというので、次は自分に似合うものを厳選して買いたいと思う。そろそろ帰ろうかという時になって、実はえんどうさんは私の作品を持っているのだということがわかった。2003年にここで初めて個展をした時に作品を買ってくれた人だった。どうりで感性が会うわけだ。こういう出会いもある。今日行ってよかった。

ワッツを後にして、次は10年来の友人であるハチ子さんのライブへ向かう。いつもはボサノバ中心の選曲だったけど、今回はポップス(日本語歌詞)の曲が多く、初めてオリジナル曲も披露。素晴らしかった。好きな人に次々と会える希望に満ちた幸福な日だった。未来は明るい。



# by katayama_t | 2020-10-10 23:00 | Art | Trackback | Comments(0)
長い梅雨の合間に
長い梅雨の合間に_d0094333_21314846.jpeg

昨夜は雷とたたきつけるような雨で不安な時間を過ごしたけど今日は朝から晴れて、一日中よく働いた。もうずっと雨ばかりで外で仕事することができなかったので、ここぞとばかりに朝から草刈り。連日の雨で土がまだ水をたくさん含んでいるので斜面は滑って危ない。無理をせずに平地を中心に雑草を刈る。

お昼に蕎麦を茹でて食べた。

昔々もう二十数年前、大学で平田と二人、お昼によく蕎麦を茹でて食べていたのを思い出す。長い廊下の中程にある、飲料水という札のかかった水道で鍋に水を汲み、ゼミ室のガスコンロで茹でて、茹で上がったらまた廊下の水道まで走っていって冷やすということを毎日のように繰り返していた。ゼミ室にもシンクと蛇口はあるが、出るのは飲用には適さないらしい謎の井戸水なので料理をする度に廊下まで行って水を汲まなければならない。ゼミ室の蛇口から水道水が出ればそれに越したことはないが、あの頃は、飲用ではない水しか出なくて、水を汲みに廊下の中程まで行かなければならないということをどこか楽しんでいたようにも思う。テレビでしか見たことのないアフリカの未開の地でオアシスに水を汲みにいくみたいに。

食後にメールを見て重要なメールに返信をする。

午後は今年買ったアルファ147のメンテナンスをして、夕方にまた草刈り。汗と草と泥にまみれた手足を水で洗い流してからシャワーに直行。ほぼ一日中外で仕事をしていたので、汗をたくさんかいて全身に心地よい疲労感がある。

ビールと焼きナス、焼き魚で夕飯を済ませて、溜まったメールへの返信。今年の1年生はメールの文面がしっかりしている。担任がちゃんと教えているからかな。私はそういうことは何も教えなかった。ネットで調べればすぐに判るようなことを手取り足取り教えるのにはどうも抵抗がある。自分は独立した一人の人間として相手に失礼のないように振る舞わなければいけないという感性を教えられればすべてに応用が利いて良いのだけれど……。明日は朝からゼミ。午後は来週から始まる授業の準備をしなければならない。今週はずっと授業の準備かな。

今日のニュースを見ていたら、新潟にある自宅アパートの共用階段踊り場で大麻を育てていた女子高校生が逮捕されたらしい(笑)。こういうニュースを見ると日本の若者もなかなかやるじゃんと思う。


# by katayama_t | 2020-07-27 21:32 | Life | Trackback | Comments(0)
本が焼かれる前に
本が焼かれる前に_d0094333_22031772.jpeg
思い返せば平成の時代が始まった頃からおかしくなったのかもしれない。この30年くらいの間、日本は坂を転げ落ちるように狭量で住みにくい国になってしまった。と、このドキュメンタリーを見て改めて思った。


平成しか知らない若い人には分からないかもしれないけど、むかし日本の人はもっとおおらかだったし、社会の許容量も大きかった。例えば終電後の線路に降りたり、休業中のディズニーランドの柵を乗り越えただけでニュースになったり、ネットで叩かれたりするようなことは考えられなかった。そこだけみてもなんて不自由なんだろうと思う。私が10代の頃は終電後に線路を歩いて帰ったし、酔っ払って電車の網棚の上に寝たりしていても何の問題もなかった。人のやることにねたみややっかみから口出しするような輩はいなかったし今よりもずっと自由だった。自由とは恐れがないことだ。あの頃は、お金はないし将来の展望もないけど何も恐れるものはなかった。それが今は人の目が怖かったり社会からこぼれ落ちるのが怖かったりと、恐怖が蔓延している。自殺者数だけみてもこんな地獄のような社会はそうそうないのではないか。

それに加えて、すっかり貧乏な国になってしまって教育にはお金がかかるし、給料は安いしで、働けど働けど暮らしていけない人たちがとても増えてしまった。政府のやることがとにかくでたらめで嘘や不正は蔓延している。憲法を無視しても罰せられない首相なんて悪い冗談としか思えない。よくこんな国に我慢して居続けるな、と我が身を省みても思うけど、日本の風土が好きなんだよな、やっぱり。日本画のような景色を見ては毎日毎日美しいと思いながら暮らしている。こんなに美しくなかったらすぐ他の国に移住すると思うけどこの美しさのせいで逃げ遅れている感じもする。

しかし、よくよく冷静に考えるとこの国ではどう考えてもこの先良いことがあるように思えないし、日本を脱出する方策を練っておいた方が良いよなやっぱり。

いざというときには時すでに遅しということになるだろうから準備はしておかないと。福島の原発が爆発したときに素早く逃げた人たちを見習ってフットワークを軽くしておかないと本当にヤバそう。香港の国家安全法関連のニュースなどを見ていると特にそう思う。あっという間に逮捕者が出て、本が焼かれている。そうなってからではもう遅い。そうは言っても、私はもうこの土地に根を生やしているので簡単ではないけど、若い人たちは少し真剣に考えておいた方が良いかもしれない。

# by katayama_t | 2020-07-07 22:08 | Life | Trackback | Comments(0)
鶏を食べること
鶏を食べること_d0094333_06113650.jpeg

先日、卵屋さんが家に立ち寄ってにこにこしながら「そろそろまた鶏いらないっすか」というので、前回からもう1年以上経っているし、そろそろ家の鶏も高齢なので今日もらいに行ってきた。しばらく行っていないと暮らしの様子が変わっているもので、知らない間に別棟の新居が完成間近で愛にあふれた家造りをひとしきり自慢された。ううむう……、ちょっとうらやましい。気持ちと時間に余裕があれば私も新居を造りたい。自分で家を造るのは本当に楽しい。コンピュータに向かって仕事なんてしている場合じゃないといつものことながら思う。

さて、新たに鶏をもらってくるということは今いる鶏を肉にしなければいけないということなので、絞めて捌いてミンチにしたのだけど、年に1回しかやらないのでいつまで経っても慣れない。卵屋さんがやると、さっきまで生きていた鶏があっという間に肉になるけど、私がやると毎回四苦八苦してようやく皮を剥いでミンチになる頃には疲れ果ててしまう。

しかし、よく考えたら生き物を殺すのにそんなに簡単に労せず作業して良いものか疑問ではある。もたもたして遅いのはダメだと思うけど、慣れてきて感情の動く間もないような「作業」ではやっぱり生き物への敬意を欠くのではないか。生き物を殺すことで自分が生きながらえているという自覚を忘れてはいけないように思う。

また、鶏は自分で殺して食べているけど、豚や牛を殺して食べることを想像するとちょっと無理だなと思う。自分で殺してまで食べようとは思わない。だからといって食べないわけではないけど、食べる時には人に殺してもらったものを食べているのだということを忘れないようにしたい。


# by katayama_t | 2020-06-24 22:11 | Life | Trackback | Comments(0)
水の月
水の月_d0094333_17152257.jpg

TwitterInstagramFacebookに興味が湧かず、ニュースもたいして面白くないし映画も見る気がしないなと思っているような今のような時に、ふと、あぁ、そういえば自分はブログを書いていたっけ、と思い出してはこのページを開いてみる。

開いたところで、書いた文章を読み返すようなことはないのだけれど、自分の足跡があることでなんとなく落ち着く。作品を作ったり文章を書いたりしているのも自分の足跡を残すためという面もあるのだろう。そうやって生きている実感をつかむことで、寄る辺なさをなんとかやり過ごしているような気もする。

世の中は政治や社会問題の話で持ちきりで、それはそれで大切なことなのだけど、どちらを向いてもそんな話題ばかりでとても居心地が悪い。実際に人と会う機会が減ったことで、インターネットの中がいわゆる「世の中」になり、そこに意識が向きすぎているせいでそう感じているのかもしれない。政治やら社会やらのない土地で動物たちと静かに暮らしたいというナイーブで牧歌的なことを夢想するくらいには疲れているようだ。

そういえば、昔むかし、西表島の人の居ない海岸に一人で住んでいた世捨て人がいたな。そういう生き方を選ぶことができるくらい隙間のある社会が居心地が良いよな、やっぱり。

いま差別を無くそうといろんな場所でいろんな人たちが声をあげている。それはとても大切なことだし、私のように日本で選挙権を持つ成人男性、つまりは日本のマジョリティとしてやるべきことはたくさんあると思うし、やらなければいけないとも思うけれど、どうにも気が重い。自分の身近に助けを求めている人がいれば喜んで助けるけど、そうでなければ、積極的に出て行くのはやっぱり無理がある。都会から遠く離れた土地に住んでいると特にそう思う。


# by katayama_t | 2020-06-22 23:13 | Life | Trackback | Comments(0)
特殊電球と茶の湯の関係
特殊電球と茶の湯の関係_d0094333_21461996.jpeg
特殊電球ファンの私としたことがうかつだった……。世の中には「ひよこ電球」なるものが存在するらしい。先日偶然見かけてからというもの頭から離れない。これはヒナのためのいわゆる保温器具なのだが、クリア電球の中にカールしたニクロム線が当たり前のように! 普通に! 入っているという……!! ものづくりの思考過程が手に取るように分かるようなプリミティブなシロモノ。これは現時点で普通に、普通に!! 販売されているが、すでに骨董品級の趣がある。生きたまま伝説になるような気迫さえ感じる。物の即身仏と言っても過言ではなかろう。「買いだ!」 これは間違いなく「買い」である。

特殊電球ファンといっても、特殊電球なら何でも良いというわけではなく、私が心引かれるものには明確な基準がある。マイコンで点滅するような電球は「こんなこともできますよ〜!」とアピールされているようで目を背けたくなるし、いま流行のエジソン球などというものにもまったく興味がない。電球型のレトロチックなLEDにも価値を見いだせない。レトロなものは好きだが、それは結果としてレトロであることに価値があるのであって、それを表現したものはいやらしさが鼻についていけない。ある雰囲気を狙って作られたものではなく、開発当時としては最先端の技術を使って大まじめに作られた物が時代を経て、図らずも古めかしい趣を纏ってしまったものにこそ価値があるのだ。イカ釣り漁船用の大型電球や、ナトリウムランプや、水銀灯は好きだが、最近流行の観賞用の大型電球はちょっといただけない。装飾として作られたものにはろくな物がない。江戸時代の茶人、片桐石州も「さびたるはよし、さばしたるは悪し」という言葉を残しているように、ものづくりというものは「何々っぽく」とか「何々風」などという紛い物を成してはいけないのだ。大真面目に機能を追求したものだけに、時代を越えた価値が生まれる。

# by katayama_t | 2020-06-13 21:49 | Art | Trackback | Comments(0)
サーファーになる(なってない)
サーファーになる(なってない)_d0094333_22140925.jpeg
今までどうやって毎日通勤していたのだろう。不思議だ。

新型コロナのおかげで2ヶ月もの間通勤していなかったので、もうすっかり仕事のできない身体になってしまった。仕事ができないといっても草刈りや薪割りや家造りや作品作りはできているので、大学の仕事ができないだけなのだが、これが本当に難儀。1日大学に行くと2日は休みが必要なくらい疲労してしまう。何がそんなに疲れるのか思い返してみると、おそらく常にスケジュールを気にして論理的思考をしながら、コンピュータに向かって仕事をするという、言ってみれば「社会人(会社人)」に必要なスキルを発揮している時に私はとても疲れるらしい。もう何というか現代社会について行けていないとしか言いようがないが、考えてみたら社会の先端に行きたいわけでもないので無理してついて行く必要もないというか、苦手なことややりたくないことをやるほど人生は長くないので、これを機にもう少しわがままに生きていこうと決意しているところだ。

家にいる時には、草刈りや薪割りや家造りなどで目一杯働いていて夕方にはへとへとだが、精神的には開放感があって頭はクリア。ところが、毎日夕食時に命の水をいただいてしまうので頭の中がどんよりしてしまう。そしてこんな駄文を書くことになる。命の水をいただく習慣を絶てばもっと充実した人生が送れるのかもしれないけれど、それは私にはハードルが高すぎる気がする。絶つのではなく、まずは飲みたくない時にもとりあえず飲んでしまうことをやめようと思う。今日も習慣だから飲んだけど胃が身持ち悪いし頭痛はするし良いことなんて何も無い。

人生は短いので人間は悪習をやめてサーフィンをやるべきなんだ、きっと。

明日サーフボードを買いに行こう。

# by katayama_t | 2020-06-07 22:15 | Life | Trackback | Comments(0)
言葉の力


昨日は裏山の掃除。今日は午前中に庭の草刈りをした。敷地が広いので草刈りが一通り終わった頃には最初にやったところの草がもう伸びている。この時期は本当に忙しい。今はたくさん働いて家が植物や動物に占拠されないように頑張っているけど、人が住まなくなったらあっという間に植物に覆われて朽ちてしまうだろう。

一日の終わりにネットでニュースを見る。「テラスハウス」の出演者自殺を受けてSNSでの誹謗中傷が看過できないため法改正の動きがあるらしい。またパワハラが労災認定基準に追加されるとのこと。こういうことは何年も前から大きな問題だったけど、ようやく動き出した様子。20年遅いと思うけど多くの人々の意識が変わらなければ制度は動かないから仕方が無い面もある。いつももどかしい思いがある。それでも少しずつ世の中が良くなっていけば良いと思う。

言葉で人は簡単に死ぬし、逆に生かすこともできる。言葉の力はとても大きい。発した本人にとっては何気ない言葉でも言われた方は深く傷つくこともある。自分も人に言葉をかけるときには気をつけようと思う。


# by katayama_t | 2020-05-31 22:59 | Social | Trackback | Comments(0)
森の牧場の柵を我が家に
森の牧場の柵を我が家に_d0094333_21543685.jpeg
森の牧場の柵を我が家に_d0094333_21474775.jpeg

特に書きたい事もないのだけど、一つ前の投稿で貼った世論調査の写真が、どうにも汚すぎて我慢できないので、新規投稿を重ねて見えないようにする作戦。とりあえず何を書くか決めずに書き始める(いつものことか……)。

さて、我が家の畑にイノシシが出るようになってきた。今までは対策をする時間も気力もないので被害があっても有耶無耶にしていが、今は在宅勤務という名の休暇中なので、なんとか対策をしようということになった。とは言っても、電柵を設置するお金は無いし、何らかの方法で驚かすというのもすぐに慣れてしまうようなので、物理的な柵を設置する方向で考えている。どんなものが効果的なのかとネットで検索するとトタンの波板が良いとか、ナイロンのネットを張るだけでも効果はあるとかいろいろ出てくるのだが、それが目の前にあることを想像すると、美的観点からいってとても耐えられそうに無いので却下。この辺はパートナーと意見が一致するので決定が早くて楽。

いろいろと考えを巡らせて、設置してあっても嫌な感じがしないものを思い描くとそれは「大草原の小さな家」に出てきそうな森の牧場の柵だということになった。丈夫で重厚感があるけれどあまり整いすぎていてもいけない。お金をかけて製材したものではなく、その辺で集めた木材で作ったような雰囲気の物。ということで製材所で廃材をもらってきて少しずつ作ることにした。鶏小屋と同じ手法だ。

方針は決まったけれど、柵はすぐには完成しないので、それまでの間にできるだけイノシシが寄って来ないように裏山の整備をした。荒れ放題だった山を整えておくだけでも結構効果はあるのではないか。と、そう思って始めたのだけど、綺麗になってくるとなかなか気持ちが良いもので、いつの間にかイノシシが来ないようにするという目的を離れて、居心地の良い環境を作る方に意識が向いている。

田舎に住む前は雑草が生い茂っているのも自然で良いと思っていたけど、今は適度に草刈りをして整備された土地のほうが気持ちよく感じる。気持ちよく整ったらここでキャンプをしようと思う。そこそこ平地があるので、ゆくゆくはゲストハウスを建てて宿泊できるようにしても良いかな。そう考えると通勤なんてしている場合ではないな。通勤せずに給料だけ振り込んでくれないかな。


# by katayama_t | 2020-05-26 21:51 | Life | Trackback | Comments(0)


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
カテゴリ
以前の記事
2020年 10月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 03月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2016年 10月
2016年 08月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 08月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
Link
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧