Katayama Takatoshi Weblog
鬱の時代
今日はめったに大学に来ない引きこもりの学生がめずらしく顔を出して工房で課題制作をしていた。終わってから「まだ仕事していくのですか?」と聞かれたので、「これが終わったら帰る」と答えたら、「じゃあ一緒にご飯食べませんか?」と言われて、2人で夕食を食べることになった。

このところ外食続きで疲れていたので、小料理屋「都久志(つくし)」へ行き、お腹に優しそうな和食を食べながら「普段どうしているの?」なんて話をした。調子がよくないと家から出ることが出来ず、毎日ネットサーフィンをして過ごしているそうだ。腕には自傷の痕が痛々しい。友達もいなく孤独なんだろう、ミクシに日記を書いているから私も登録しろ、と言うが暇も興味もないと言って断った。私は特に何も話すことは無いのだが、間が持たないので「昔はこうだった、ああだった」なんていうつまらない話をしながらご飯を食べた。

最近はこういう学生が多く、大学側も何か対策を考える必要に迫られているようだが、対策と言ったって病院に行ったりカウンセラーに通うことを勧める以外に何もできないだろうし、大学が対策を考えたくらいではたぶん何も変わらない。こういうのは政治や教育や文化に関わるもっと根深い問題だ。

クリスマスに浮かれた頭の弱い人たちがぺらぺらの我が家を電飾で飾り付け、小学校では子どもが図工の時間にクリスマスのリースを作らされ、銀座では海外ブランドがハバをきかせ、松屋がルイ・ヴィトンのイルミネーションに覆われるようなイカレタ日本で正気でいるというのは孤独なことだが、孤独は悪い事じゃない。孤独でなければ自分のコトバを持つことは出来ないから。
by katayama_t | 2007-11-26 23:29 | Life | Trackback | Comments(2)
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Commented by 青森県 46歳 at 2007-12-01 10:12 x
教員をしております。
身体は心です。身体に興味を持つことが解決になるのではないでしょうか。
野口体操も解決への一つの方法では。
Commented by katayama_t at 2007-12-03 12:43
なるほど、そうかもしれません。
「粘土を触っていると気持ちがいい、陶芸をやりたい」と言っていたので「どうぞいつでも来てください」と答えたのですが、「粘土に触る」ということから彼女なりに、粘土の声に耳を傾けたり、自分の身体との対話というものが始まれば自然で良いのでしょうね。
私には野口体操を「教える」自信はありませんが、陶芸なら少しは教えられますので。

陶芸というのは不思議なもので、自分を開いて粘土と自分との距離が無くならなければ粘土が思うように形になってくれないので、ハマればいろんなことに気づくことができます。
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記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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