Katayama Takatoshi Weblog
2006年 12月 16日 ( 1 )
クリスマスは国民の祝日?
d0094333_11504445.jpg韓国に来てから、もう数え切れないくらいクリスマスは日本に帰るのか? と聞かれた。そのたびになぜそんなこと聞くのだ?と思いながら、いいえ帰りませんクリスマスは自分にとって重要じゃない。と答えていたのだが、昨日はクリスマスはどう過ごすのだ?と聞いてきたので、別に何も変わったことは無いと言ったら怪訝そうな顔をしている。どうも話が食い違っているような気がするのでよくよく聞いてみたら、韓国ではクリスマスは2連休で仏陀が生まれた日も祝日で特にクリスマスは大きな行事なのだという。日本では違うのか? というので、あり得ないと答えたら、なぜだ? と聞いてくる。

なぜ? なぜなぜと聞く? そんなのアジアでは韓国だけだろう。祝日になるなんてありえない。日本では宗教と政治は別だし、キリスト教徒も少ない。日本のクリスマスはお菓子会社と玩具会社とお祭り好きな人たちのためにある、自分には全然関係がないと答えたら、韓国も全員がキリスト教徒なわけじゃないけど、クリスマスはみんなで祝うという。それはかまわないけど祝日にするか? 国教でもないのに、と思ったので、今度は逆になぜ全員がキリスト教徒じゃないのに祝日になるのだ? それならイスラムのマホメット生誕日はどうして祝日じゃないのだ、ユダヤ教は?と聞いたら、イスラム教徒もユダヤ教徒もいないという(笑)。そういう問題じゃないと思ったがまあいい。

日本では宗教は重要じゃないと言ったら今度は、でも新年に皆神社に行くではないか、と言うので、あれは宗教じゃない、神社には神様はいない、社の中には何も無い、彫刻もないしバイブルもない、時には社さえない、木や山にお祈りすることもあると言ったら、いやそんなことはない、昨年日本に行った時に奈良でたくさんの彫刻を見たという。それは仏教のお寺だ、神社じゃない。正月に神社に行くのは気持ちをリフレッシュするためで、お祈りは特定の神ではなく強いて言えば自然の神に手を合わせるのだと説明したのだが、納得がいかないようで、でも、どうしてクリスマスを祝わない? 子どもにクリスマスプレゼントをしないのか? とまだ言う。だんだんめんどくさくなってきて、クリスマスを祝わないからプレゼントもしないが、新年にはお祝いをするしプレゼントもする。と答えて、ようやく納得してもらえた。私が変わっているのかもしれないが、日本でもよく平気で何の疑問も感じず皆クリスマスなんてできるよな? といつも思う。

楽しいことは良いことだし、別にクリスマスを祝うのもかまわないし、おいしいワインとおいしいチーズとおいしいケーキとおいしいコーヒーに蝋燭の明かりなんていつでも大歓迎だが、クリスマスをやるのが当たり前だと信じて疑わないのはどうかと思う。日本の保育園や幼稚園でもキリスト教系じゃないのにもかかわらず、クリスマス会を当然のごとくやるので困ったものだ。昨年のクリスマスに子どもが保育園でジャンクフードを貰ってきたので、クリスマスって何の日なの? と聞いたらきょとんとしていた。こうやって何も考えない子どもに育つのかと思うと、保育園にも行かせたくなくなる。

今の世界では宗教は微妙な問題だ。EUでもトルコを加盟させるかどうかという問題があるが、これも1つには宗教の一致をとるか、自由と平等をとるかという問題でもある。国教を定めていること自体の問題もこれからますます出てくるだろう。すでにヨーロッパでは移民の数が多くて多宗教国家だ。現にフランスでは「非宗教国」を強調するあまり公立学校でのスカーフ着用を禁止してイスラム社会に波紋を広げている。

ああ、そういえば最近アメリカのどこかの空港で宗教上の理由でクリスマスツリーを撤去したというニュースがあったなあ、と思って検索したら再設置されたそうです。良かった良かった(笑)。

http://cnn.co.jp/usa/CNN200612120032.html
----------転載ここから
「宗教問題」で撤去されたクリスマス・ツリーを再設置
2006.12.12
Web posted at:  21:13  JST
- CNN/AP
ワシントン州タコマ国際空港──米ワシントン州シアトル近郊のタコマ国際空港で、「宗教問題」を回避するために撤去されたクリスマス・ツリーについて、空港当局は11日、元通り設置すると発表した。

空港当局は今月初め、地元のユダヤ教指導者から、クリスマス・ツリーに加えてユダヤ教の燭台(メノーラー)を設置するよう要請を受けたため、宗教的な問題の回避を狙って今月9日、空港内のクリスマス・ツリーやクリスマスに関連した装飾品をすべて撤去。

ユダヤ教の指導者は、弁護士を雇って、燭台を設置しなければ法的手段に訴えると主張していた。これに対し、当局は様々な宗教に敬意を払うことを考えたが、年末で空港利用客が大幅に増加する時期に空港職員全員に対して宗教関連の指導を行うのは困難と判断していた。

ところが、ユダヤ教の指導者と弁護士が当局の対応に困惑。「クリスマス・ツリーの撤去を求めたことはない」として、燭台を設置しなくとも法的には訴えないと連絡。これを受けた当局が、クリスマス・ツリーの再設置を決めたという。

空港当局側は、「来年の年末に向けて、ユダヤ教指導者を含め、地域の人々と協力し、空港の飾り付けについて計画していきたい」としている。

ユダヤ教指導者の弁護士によると、この件では各方面から、非難の電話や電子メールを受け取ったという。また、指導者がクリスマス・ツリーの撤去を求めたことは一度もなく、ユダヤ教の燭台をクリスマス・ツリーの横に置いてもらいたいと求めただけだった、と強調している。

また、空港側が飾るかどうかは不明だが、燭台を贈るとしている。

クリスマス・ツリーが撤去されて以来、空港内では職員などが、個人的に小さなクリスマスの飾りを置いていたほか、ある航空会社の社員らが、自分たちでクリスマス・ツリーを準備するため、お金を集めていたという。
----------転載ここまで

ユダヤ教指導者が融通の利く人で良かったと思う。この人が声をあげたことは良いことだと思うが、必要なのは対立じゃなく、対話と寛容だ。
by katayama_t | 2006-12-16 03:39 | Social | Trackback | Comments(0)


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