Katayama Takatoshi Weblog
カテゴリ:Life( 417 )
生きている気がするように

昨年まで毎日畑仕事をしていた隣に住んでいる少々呆けてきた90歳のおばあさんが、「毎日外に出て仕事をしていないと生きている気がしない」と言っていた。

材木屋の江沢さんは、土日だろうが祝日だろうがいつ行っても仕事をしているので「一年中休みなしなんですか?」と聞くと、「俺は馬鹿だからよう、仕事してないと何もなくなっちゃうんだよ」と言っていた。

今までは、「凄いな……、自分にはできないな。」と思っていたが、自分も気がつけば毎日身体を動かして仕事をしていないと生きている気がしないし、身体を動かしているだけでは物足りなくて、何かを作っていなければ生きていけない。いつの間にかそうなっていた。休日は休みの日では無くて生きるために仕事をする日になっている。

いつからだろうと思い返してみても分からないが、はっきりと自分に対して驚きをもって自覚したのはこの時だったかなと思い出す出来事がある。

昨年の8月にミラノの素敵なトラットリアで小野寺さんとその妹と三人で飲んでいたときに「明日ベネチアに行くので一緒に行きましょう!」と誘われたがちょと迷ってから断った。一緒にいてとてもとても楽しかったし、たぶん一緒に行けば楽しく過ごすことができたと思う。でも、早く制作をしたいという思いのほうが勝った。レジデンスプログラムで滞在しているギッファに戻ってとにかく何か作らなければ自分が自分で無くなるような気がした。今まではこんなことはなかったように思う。好きな人の誘いを断るなんてことはあり得ないし、結果はどうあれ流れに身を任せていた。自分の未来の可能性を狭めるようなことをすることはまずなかった。

この時にはっきりと自分は変わったのだと自覚した。自分でも少し驚いたが、たぶんこの時にいきなり変わったわけではなく、今までは見て見ぬふりをして無理をして人付き合いをしてきたのかもしれないとも思った。

日常的に何かを作っていないと、どんなことであれ本当に楽しむということはもうできない。ひょっとしたら昔からそうだったのかもしれない。ようやく自覚しただけなのかもしれない。

ネットに接続すればいろんな情報が飛び込んでくる。でも今はそのほとんどがどうでも良いように感じる。それでも沖縄問題や原発問題、人の尊厳の問題など、無視できない問題はあるが、アートとかデザインとか、クラフトとか、暮らし? とかもうどうでも良いのではないか。そんなことを言っている余裕のある人は盲目だ。問題はそんなところにはない。もっと切実で自分ではどうにもならないところに本当に向き合うべき事はある。そこに向き合うことが生きているということなのだと思う。

写真は先日もらった山桜を彫ったもの。お玉は時間がかかったけどスプーンは楽勝。すぐにできる。



by katayama_t | 2018-02-12 18:04 | Life | Trackback | Comments(0)
親がいなくなって気づいたこと
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この数年間、自分は精神的にずいぶん乱高下していたような気がする。この数年で何があったのか冷静に思い返すと、2013年に妻の母親が同居後1週間で亡くなり、2016年に私の父親が亡くなり、2017年には同居していた妻の父親が亡くなった。私の母はずいぶん前から認知症がひどく短期記憶をまったく保てない。世の中にはひどく虐待されて育った人もいるから人にもよると思うが、親というのは何があっても無条件で自分の味方をしてくれる唯一の存在なのではないかと思う。そういう人がこの世から居なくなるということは、やはり大きな損失だったのだと思う。

何もしてくれなかったと思っていたが、親の期待や呪縛がなかっただけでもずいぶんと恵まれていたのではないかと今は思う。いま自分の存在を肯定できているのは親に捨てられるという心配をせずに育ってこられたからではないか。そして、それが親が子どもにできるほとんど唯一のことなのではないかと思う。自分を肯定することができれば生きていくのはそう難しくない。


by katayama_t | 2018-02-07 21:20 | Life | Trackback | Comments(0)
立春の卵
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中谷宇吉郎の「立春の卵」の話は野口三千三先生から教わった。
とても面白い話で、「立春に卵が立つ」という新聞紙面を賑わした与太話を、あっさりと「卵というものは立つものなのである。」と言い放ち、その根拠を科学的に解明してみせる。そして、最後に「私も新聞に出ていた写真を見なかったら、立てることは出来なかったであろう。何百年の間、世界中で卵が立たなかったのは、皆が立たないと思っていたからである。」と締めくくる。

思い込みというのは恐ろしいものである。
思い込みのせいで、可能性を狭めていることはたくさんあるだろう。思い込みを外して多角的にものを見ることはすべてにおいてとても大事だ。


by katayama_t | 2018-02-04 21:14 | Life | Trackback | Comments(0)
ブログ再開?

2016年10月3日の記事を非公開から公開設定にした。2016年9月に父が死んでから気がつけば1年以上もブログの更新をしていなかった。正確には死んだ直後に非公開設定で、自分の私的メモとして少し文章を書いたのだが、それきり何も書けなくなった。……というよりは、文章を書くことに興味がなくなった。確かなことなど何も無いし、言いたいことも特に無い。自分は今までどうしてこんなに文章を書いていたんだろうと不思議に思う。今は人に読んで欲しいともあまり思わないし、今までの記事をすべて削除するか非公開設定にしようかとも思ったが、過ぎ去ったことにこだわるのも馬鹿らしいのでそのままにする。なんとなくいろんなことが一区切りついたような気がする。これからは私的なメモとして何か書くかもしれないし、書かないかもしれない。

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by katayama_t | 2018-02-03 22:41 | Life | Trackback | Comments(0)
いつのまにか人混みが嫌いになっていた
友人の田内マリオさんが六本木で開催中の個展でアーティストトークをするというので、上野の藝大卒展をチラ見してから行ってきた。日曜に都内に出ることは滅多に無いので今まで気づかなかったが、私は人混みがすっかり嫌いになっていた。道を歩いていても、電車に乗っても人だらけでとても疲れる。高校を卒業して東京に出てきた頃を思い出した。あの頃も、人混みに慣れず、新宿や渋谷などに出るとすっかり疲弊して心が荒んでいた。やがてそれを避けるために「人を見ない」で歩くという方法を編み出したのだが、それは疲弊しない代わりに人を人として見たり、人の心を思いやったりという心を無くしていく。

マリオさんのトークは、短時間だったこともあり、聞きたいことを聞くことがなかなかできなかったが、それでも収穫はあった。絵を描き始めたきっかけとして、重い精神的なストレスを抱えていた頃に、自分をケアするために描き始めたと言っていて、今まで聞いていたことではあったけれど、改めて自分を振り返りながら聞くと、やはり何かを生み出すということは、自分をケアすることになるのだと改めて思った。何か精神的なダメージがある時には何か作っていないと生きていけない。

それはともかく、自分が聞きたかったことは、絵の解釈の話ではなく、もっと具体的な絵の成り立ちだ。今度会った時には、画材は何を使っていて、それはなぜか、どのような描き方をしているのか、どの程度の構想があって描き始めるのか、どのくらいの時間をかけるのか、描くときには何を考えているのか、などといった具体的な絵の成り立ちの話が聞きたい。コンセプトというのは後から作者が自作を解釈したものであるため必ず作り事があるが、絵の具体的な成り立ちの中には作者が考えたり感じたり、実際に試したりしたことのみがあり、解釈の入り込む余地が無く、そのほうが作品の真実に近いのではないかと思う。

帰りの電車で田内志文さんから送られた翻訳書「ギデオン・マック牧師の数奇な生涯」を読了。上手く言えないが、人生のすべてが詰まっているような小説。物語が深すぎて今はこれ以上語るべき言葉がみつからない。どうやったらあんな物語が描けるのだろう。

写真は最近描いている日記。画材は赤ワイン。
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by katayama_t | 2018-01-28 22:06 | Life | Trackback | Comments(0)
父死す
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父が死んだ。
先々週に、通夜と葬儀を済ませ、あとは49日に法要と納骨をすればすべて終わる。
父親らしいことをしてもらった記憶が無いため死んでも何の感慨も無いものだと思っていたが、この3年間ほどは父の介護に明け暮れていたこともあり、いざ死んでみるとやはり何か今までとはずいぶんと違う心持ちがする。

特に2年前くらいからは時を選ばずに電話がかかってきて、その度に、運転中だろうが夜中だろうが、電話に出て話を聞いた。それは大抵たいした用件ではなく、「煎餅が食べたいから買ってきてくれ」とか「車の鍵が見当たらない(とうに車など運転できないのに)」とか「電気がつかない」などという遠く離れた場所からではどうにもならないものだったが、本人にとってはそれが一大事だということは電話口から伝わってきた。それがそのうちにいよいよおかしくなってきて、「部屋の外に誰かいて監視されている」とか「いつ迎えに来るんだ? 今日は病院へ行くんだろ」とか、夢の中で生きているような感じになり、1ヶ月ほど前からはついに電話もかかってこなくなった。

病院は月に2〜3回。本人が歩けないため、身体を持ち上げて車の助手席に押し込み、車いすをたたんで後部座席に載せ、途中で排泄があれば、狭い病院のトイレでオムツを替え、病院の帰りには好きな寿司やウナギを食べさせた。まるで大きくて手のかかる赤ちゃんだ。

ついに寝たきりになり、意識も朦朧とし、食事も受け付けなくなり、そうなると早かった。坂道を転がるようにあっという間に最後の時を迎えた。

それから悲しむ間もなく、通夜や葬式の準備。人は死んでからも面倒をかける。通夜や葬式では会いたくも無い人たちにたくさん会わなければならず、とても消耗した。

49日の法要でまた親戚と顔を合わせなくてはいけないかと思うと気が重いが、それが終わればようやく生まれ育った土地の人間関係から縁を切ることができると思って、もう少しの辛抱だと、嫌がる自分に言い聞かせている。でもどうしても嫌だ。

自分が死んだときには葬式はやらずに焼いた骨は海にでも撒いてほしい。
by katayama_t | 2016-10-03 07:32 | Life | Trackback | Comments(0)
とりあえず1羽食べてみた
生後2年半経っている鶏はほとんど卵を産まない。毎日1つずつ卵はとれるが、5羽いる雌鶏の中で産んでいるのはたぶん2羽くらいではないかと思う。毛並みが綺麗で若く見える鶏は産んでいない鶏で、毛が禿げてきていて年をとって見える鶏が卵を産んでいるらしい。

鶏はいくらでも持って行って良いと言われているので、産んでなさそうな鶏を絞めて食べてみた。痩せていて肉もほんのわずかしかとれず、かつてアメリカで食べたステーキ並みに硬い。でも、力を入れてようやく噛み切れるような肉を食べると少量でも満足するから不思議だ。
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by katayama_t | 2016-08-28 20:59 | Life | Trackback | Comments(0)
鶏の餌は
飼いはじめてから飼い方を調べるというのは順番が間違っているような気もするが、何事も始めてみなければやる気が出ないので、鶏には申し訳ないがこれもまあ仕方が無いだろうと思う。

知の宝庫「図書館」に行ってきた。ところが、犬や猫に関する本は山ほどあるが、鶏に関する本はほんのわずか。鶏の隣の棚にはインコのコーナーがあり、その下にはミツバチの棚があり、そのどちらも鶏より充実しているように見える。一瞬「インコにしようかな……」とか「ミツバチもいいな」などと気が迷うものの、すでに鶏がいるので、目移りしてはいけないと自制して、役に立ちそうな2冊の本を借りてきた。
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ぱらぱらと流し読みした程度でも、ある程度知識は入ってくる。本ってすごい。本によると鶏はどうやら何でも食べるらしい。ホームセンターには配合飼料というものが売っていて、遺伝子組み換えトウモロコシや、魚粉や、油かすや、貝殻や、米ぬかなどがバランス良く配合されていて、うちもとりあえずそれを使っていたが、何でも食べるとなれば今まで畑に穴を掘って埋めていた野菜くずや、出汁をとった後の鰹節や、米ぬかや、猫が残した煮干しの頭など、それから草刈りをした後に大量にでる雑草など、何でもかんでも鶏の餌にできる。野菜につく青虫やバッタなども大好物なので、害虫駆除も兼ねることができる。
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本によると発酵飼料を作ると良いということのようだが、出来るところから無理せずやるということが生活においては大切なので、まずはできるところから。

ゆくゆくはヒナをかえして循環させられるところまで行きたい。
by katayama_t | 2016-08-27 16:22 | Life | Trackback | Comments(0)
鶏小屋作り
鶏小屋を作った。
できるだけお金をかけたくないので、製材屋さんに行って端材をもらってきて、大まかなところはそれを使い、屋根材や板材のみ購入。ということで総工費は20858円。ビスや、釘、一部の板などは、家にあったものを使っているので実際にはもう少しかかっている。

総工費内訳
・コンクリートブロック:1000円(100円×10個)
・野地板:1790円
・波形トタン:12828円(9尺2138円×6枚)
・カラートタン平板:1390円
・金網:3850円(350円×11m)
合計:20858円

先日知り合った卵屋さんに電話すると、いらない鶏があるから持って行って良いというので早速取りに行って、雌鶏5羽、雄鶏を1羽もらってきた。すでに生後2年半ほど経っているので、あまり卵は産まないが、まずはこの鶏たちで飼い方を研究して、ゆくゆくは、雛から育てるようにしようと思う。
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by katayama_t | 2016-08-21 20:03 | Life | Trackback | Comments(0)
くやしい思い
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外がとても気持ちよい季節。
今日は一日中外にいて、庭の草むしりや薪割りなどしていた。
ただぼーっとしているだけで、時間だけが過ぎていくこの感じには、馴染みがある。子どもの頃もよくこうして一日中外で過ごしていた。何をしていたわけでもなく、ただ拾った石やガラスを磨いていたり、蟻の行列を眺めていたり、していた。

もともと外が好きだったということもあるだろうけど、それ以前に家が狭くて家の中にいるという選択肢がそもそも無かったような気もする。だから家の中で何かをしたという記憶がほとんどない。子どもの頃、家には積み木やブロックなど、子どもが遊べるようなものは何一つ無かった。それどころか小学生になるまで、家には本も無かったし、鉛筆も紙も無かった。およそ文化的なものは何もなかった。今だったら「貧困家庭」と言われるのかもしれない。冷静に思い返してみても、友だちの家はもっとずっと広くて裕福だった。でも、それで特に劣等感を持ったり、嫌な思いをしたりすることもなかった。むしろ、おこずかいで無駄な買い物をする同級生たちをひそかに見下していたようなところもあった。何かを買ってもらったりしたことはなかったが、物欲もなかったので何も困らなかった。

ただ「うちは貧しいのだな」と意識したことが一度だけある。4~5歳の頃、独りで家にいて、家にあった唯一の筆記用具だった、赤のダーマトグラフで襖にタコの絵を描いた。自分でも驚くほどよく描けたので、早く母に見せたくて、帰宅を心待ちにしていて、帰ってきたら、「お母さん! これ見て!」と言ったら、母の顔がみるみる引きつって、ひどく怒られた。「何やってるの!! ここは借家なんだからそんなことしたら出るときにお金がかかるでしょ! 消しなさい!!」といきなり怒鳴られた。

「借家」や「お金」という言葉が頭の中でリフレインする中、くやしくて泣きながら会心の作を消しゴムでこすったことをよく覚えている。ダーマトグラフで描いた絵は薄くなるだけでほとんど消えなかった。やがて父も帰宅して、親たちで何か相談していたようだが、それっきり何も言われなかった。その日は沈んだ空気の中、気まずい思いをしながら無言で過ごしたように思う。

あの時のくやしい思いを今でも時々思い出す。
by katayama_t | 2016-04-10 21:44 | Life | Trackback | Comments(1)


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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