Katayama Takatoshi Weblog
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Drawing
何か描こうにもモデルが自分しかいないのでつまらない。しかたなく抽象を描いてみたりして。
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by katayama_t | 2006-11-30 12:10 | Art | Trackback | Comments(0)
This morning
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by katayama_t | 2006-11-30 12:08 | Life | Trackback | Comments(6)
伝道タクシーと丸山富之展
今日のタクシーはいつもと違う意味で強烈だった。私が乗るなり布教活動を始めたのだ。
英語まじりの韓国語で言うには、
韓国にはたくさんの教会があるし、たくさんのクリスチャンがいる。この10年くらいでとても増えた、私もクリスチャンになって7年になるが、クリスチャンになってからパワーを得ることができた、すばらしいことだ。と言いながら分厚いバイブルを開いて見せてくれた(おいおい、いつも持ち歩いてるのか?)。次に教会パンフレットを見せて、ぜひおまえも行けと身振り手振りを交えながら言う。もちろん運転中だからハンドルからは手を離すし、後ろを振り向くしで危なくてしょうがない。へたに反論すると何されるか分からないような雰囲気なので適当に相づちを打っていたらそのおじさんだんだん興奮してきてしまいには賛美歌を朗々と歌い始めた。
…やれやれこれだから宗教は嫌われるのだ。

早く駅に着かないか、と思っていたが、おじさん気持ちよく歌っているので運転が遅い…。だんだんエスカレートする賛美歌をしばらく聞かされながら、はて?この光景には既視感があるぞ…と思い当たった。もう15年以上も昔のことだが、台湾を一人で旅行したことがある。台湾に住んでいる旧部族のところをヒッチハイクしながら訪ね歩いたのだが、山の民パイワン族の部族長と知り合いになり、いろいろとお世話になった。彼は日本統治時代に学校教育を受けたので、日本語を流暢に話す。あるとき日本統治時代からその後中国人が入ってきた頃の話をしていたときに、如何に中国人が酷かったかということをとうとうと話し出した、自分たちをバカにして嘘ばかりつくし使うだけ使って約束したお金は払わないし本当に酷かった、それに比べて日本人はぜったいに嘘はつかなかったし約束は必ず守ったし、何よりも武士道精神を教えてくれた。私には日本人としてのプライドがあった。などと話しながら次第に熱を帯びてきて最後には真っ赤な顔をしてつばを飛ばしながら「天皇陛下万歳!!」と叫んだのだ。これにはちょっとびびった。こんなところに大和魂を持ったかつての日本人がまだいたのだと思って本当に驚いた。何か自分よりも大きくて強いものに自分を重ね合わせるというのはこんなふうに気分が高揚して気持ちの良いものらしい。対象が宗教だったり国だったり会社だったり人種だったりするだけで、中身は同じだ。中でも宗教はそれを人に押しつけるからタチが悪い、しかも本人は良い行いをしていると信じてるし…。

さて、そうこうしているうちに駅についた。今日はDaegu(大邱)という違う街で丸山富之さんという彫刻家が個展をやっているとの情報が入ったので行ってみることにしたのだ。丸山さんは私の大学の先輩で、なんと日本では私の家のすぐ近くに住んでいる。が、実は今までタダの一度も話をしたことがないし、大学を卒業してからはたぶん一度もお会いしてない。それがひょんなことから私の妻が知り合いになって先日個展のDMを貰ってきたらしい。メールで受け取った情報は電話番号と住所と画廊の名前のみだったのでホームページが無いか調べてみたが、無い。せめて地図がほしいところだがしかたがない。まず画廊に電話して今日開いていることを確認し、最寄り駅はDaeguだというのでとりあえずDaegu駅まで行き、駅前のtourist info.で地図をもらい、電話で詳しい場所を聞いてもらい、なんとか行くことができた。ふぅ。

今朝家を出てから約3時間半、ようやくたどりついた画廊は人通りもまばらな街の外れにあったが、画廊自体はシンプルでとても良い画廊だった。広い空間、高い天井、コンクリート打ちっぱなしの床。作品もちょっとそっけない感じがこの空間に良く合っていた。
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一通り作品を観てから画廊のキュレーターとしばらく韓国のアートシーンについて話をし、名刺を交換して帰ってきたが、画廊から駅に向かう帰りのタクシーでKTX(新幹線)に乗りたいんだ、と言ったら来るときに着いた駅とは違う駅に連れて行かれた。Dongdaegu(東大邱)。そうかKTXの駅はDaegu(大邱)ではないのだ。行きに鈍行しかないと言われたのはその時間に無いということかと思っていたが行き先がDaegu駅だったからなのだ。おかげで帰りはKTXに乗ることができて行きよりもずっと早く帰り着いた。Daejeon(大田)から家に帰るタクシーはノーマルだった。ノーマルとはあくまでも韓国の基準で、ということだが…。
by katayama_t | 2006-11-25 22:19 | Social | Trackback | Comments(1)
ごく一部だが
d0094333_028998.jpgかっぱえびせん…ではない、でもおいしい。日本の本家より塩分が少なくて私好みだ。
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キッカー???
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トンボのホームページにはなぜか載っていないトンボの消しゴム
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日本のドラマが放映日の次の日には観ることができる。すばらしい…。
by katayama_t | 2006-11-23 00:33 | Social | Trackback | Comments(0)
釜山ビエンナーレ
先週末に、またまた美術展に行ってきた。今度は釜山だ。これで3週連続週末はビエンナーレということになるが、よく考えたら韓国のこの狭い国土に3つのアートビエンナーレがあるってのは多すぎないか?それも同じ年に。ビエンナーレってのは2年に1回だから違う年(奇数年)に設定することも可能だ。海外からの観光客には都合が良いだろうがこの為に来る観光客がどのくらいいるのだろう?…どうなんでしょ?ちなみにトリエンナーレってのは3年に1回だ。

メディアシティ・ソウルはメディアアートに特化したからまだわからないでもないが(アートとメディアアートを区別できるのか?とは思うが…)、釜山は何かに特化しているわけでもない。それを光州と同じ年にぶつけてきたというのは、ライバル心からだろうか?

こちらに来てから、新羅と百済の対立が緒を引いていて釜山と光州は今でも中が悪いという話を聞いたことがあるが、その時は何言ってんだ冗談言っちゃいけない、いったいいつの話だ?ってな感じで相手にしなかったが、複数の人に聞いたら仲が悪いというのはどうやら事実のようだ。

その理由は、百済と新羅の対立という人もいれば、釜山の人に聞くと釜山とソウルは近年比較的早く栄えたが、光州はずっと田舎のままだったから逆恨みしてるんだという人もいるが、光州の人の言い分を聞かなければホントのところはわからない。…聞いても分からないか。こちらに来てまだ日が浅い私が言うのもおこがましいが、韓国の人は日本の人よりも自分の故郷を実際よりも良く言う傾向があるように感じられる。日本人が特殊なのかもしれないが日本人は日本のことを悪く言う人が多い。日本にいるアメリカ人の留学生が以前、日本に来ていろんな知らない人に声をかけられるがみんな「どうして日本なんかに来たんだ?」と聞くのが不思議だと言っていた。具体的には、

例えば工事のおじさんに話しかけられた時には。
おじさん「どこから来たんだ」
彼「アメリカです」
おじさん「いつまでいるの?」
彼「とりあえず2年くらい」
おじさん、顔の前で手を振りながら
「日本は良くないから早く帰ったほうがいいよ」
彼「???」

また、道行くおばあちゃんからは
おばあちゃん「日本はどうですか?」
彼「はい、面白いです」
おばあちゃん「日本に来ても何も良いことはないでしょ。」「日本はほんとにダメな国になったよ」
彼「???」

てな具合だそうだ。
それに比べて韓国の人は自国の悪口を言わない。もちろんそうでないリベラルな人も多いが、日本人よりも身内意識が強いように感じることが多い。
例えばこんな具合だ。
韓国の車やお菓子は日本のコピー商品がとても多いが、そのことを韓国人の友人に指摘すると

私「これ、日本のお菓子にそっくりだよね」
友人「うんよく似てるけど、韓国はずっと前からあったよ」
私「……」

私「この車日本の○○にそっくりだね」
友人「最近の車のデザインはどれもよく似てるからね」
私「……」

という具合だ。
まあ、みんながみんなそうというわけではなく、中には自分からわざわざ似ているお菓子を買って見せに来たり、似ている車を教えてくれたり、日本のドラマを面白いからと、どこかから違法にダウンロードして見せてくれたり(笑)というのもいる、私は日本にいる時にはケロロ軍曹もマンハッタンラブストーリーも、電車男も、のだめカンタービレも、神の雫も知らなかったが、こっちに来てから親切な韓国人のおかげで日本のサブカルチャーに詳しくなりつつある。彼らリベラルな韓国人が言うには「韓国はマーケットが小さいからなかなかお金をかけたクオリティの高い物が作れない」と非常にクールだ。

一方一部のアホな日本人は自分が作ったわけでもないのに日本の漫画やドラマのクオリティを自慢したりする。バカだ。

さて、ビエンナーレだが、正直今回は特にこれと言って見所はなかった。メイン会場の作品も光州と比べて見劣りがするし、作品の選定にも統一感が見られないし、作品の見せ方も高校の学園祭レベルだ。他の会場もたいして面白くなかった。この展覧会のコンセプトの1つとして「生活の中にとけ込んだアート」というものがあるようだが、その1つの試みとして、普通の部屋に見立てた展示室(そこには冷蔵庫やエアコンなども置いてある)のインテリアとしてアートを見せようというものがあった。アートという名前を冠した展覧会としては軽くて非常に見やすいが、その一方デザインとの違いが見えず、アートと称する必要は無いと感じた。これならTOKYO DESIGNERS WEEKのほうがずっと見応えがあるし、意欲的でアーティスティックな作品も多いと思う。
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やはりアートのアートたる所以は、見やすさや買いやすさなどとは一線を画したところにあるのではないだろうか。とはいえアートとデザインの間には明確な境界線など存在しないと思うし、それを執拗に見極めることには何の意味もないとも思うが、しかし、単純にクオリティという点だけを見てもごてごてした部屋に物がたくさんある感じが、よく美術館に併設されているアートショップみたいでちょっといただけなかった。

ついでに屋外の海岸沿いにも展示があったので観てみた。一通り観て、まあ、良い物もある悪い物もあるって感じだが、その判断基準は何かというとずばり「景観を損なうことなく存在できているか」だ。この存在という言葉の中には作品の価値があるかという意味も含んでいる。そういう視点で観てみると半数以上の作品が到達点に至ってない。まあまあいいせんいっていても設置場所が良くなかったり、クオリティに問題があったりでなかなかこれだ!というものには出会えない。

それはたぶん作家の責任だけではなく、こういう展覧会のコンセプト自体にも問題があるのだと思う。海岸沿いに複数の作品を設置するのであれば、1つ1つの作品だけではなく、全ての作品を含めた海岸全体を1つのアートワークだと捉えなければ良い作品は生まれないだろう。いくつか作品を設置する場合はその強弱や設置間隔、関連性などを考慮して作品を作らなければいけないので、当然に全てを1人の作家が作る必要がある。それは画廊でやってるグループ展と個展の違いみたいなものだ。いくら良い作品であってもグループ展では全然良く見えない。絵画ならまだしも彫刻は周りの空間も含めて作品だから同じ空間内(視野の中)にコンセプトの違う作品が置いてあるなんてどう考えてもおかしい。

そうは言っても良いと思った作品が無かったわけではない。1つは Nishikawa Katsuhito の“Sea of Busan”で、これは質の良い展望台というだけだが実際に上ってみると形といい構造といい実に良くできているのだ。どこから観ても美しく快適で実際にコンクリートでこういうものを作ってもいいのではないかと感じた。もう一つは Oliver Kruse の“Bay Watch”だ、少々こぢんまりしているとはいえ、なかなか良い形にまとまっていると思う。海岸の一番端に設置されていることで他の作品も気にならずに楽しめる。
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だが、この2つには大きな問題がある。どういうわけかスポンサー企業のマークが作品の一番目立つ場所にでかでかと掲げてあるのだ。こんなのは今まで見たこともなくちょっと信じられないような事なのでどういう経緯なのかと思い、作家の連絡先を調べようとしてみたが、Nishikawa さんも Oliver さんも共にドイツに在住していることまでは分かったがメールアドレスも電話番号も分からず、断念。作家の個人ページってのは意外と無いものだ。

その後、比較的韓国のアートシーンに詳しい人にも聞いてみたが、彼もこんなのは観たことがないというし、たぶん作家は相当いやがってただろうというので韓国式というわけではないようだ。

結局は企業の助成が無ければやっていけないのだということは私だって知っているが、ここまであからさまだとかえってマイナスにはならないのだろうか。どうなのだろう?その辺りを今度聞いてみよう…。
by katayama_t | 2006-11-22 23:52 | Art | Trackback | Comments(0)
久しぶりにコンサートへ行く
夕方帰ろうとしたら、学生に呼び止められた。聞けば今夜ロシア人ピアニストによるピアノリサイタルがあるという。良かったら一緒に行かないかというので、2つ返事でOKした。コンサートなんて久しぶりだし、普段iTunesでしか音楽を聴いてないから生音が聴けるなんて本当にうれしい。実は最近音楽に飢えているので何か楽器を買おうかと本気で考えたりもしてたくらいなのだ。

韓国でもクラシックコンサートはたくさんあるが、チケットの値段は驚くほど高い。私の大好きな巨匠アーノンクールがソウルでコンサートを開くようなので、ぜひ行きたいと思い値段を調べたらなんと日本円で3万7千円もする…。韓国では全ての物が日本より安いと思っていたが、ことコンサートの値段に関しては日本のほうがずっと安いのだ。韓国の音楽好きは音楽を聴くために日本に旅行することもあるらしい。

あまり持ち合わせが無いし、そういう事情を知っていたので今日のコンサートの値段はいくらかと聞いたら、なんとタダだという。よくは分からないがどこかからお金が出ているらしい。日本ではあまり聞かないが、こちらでは寄付とか基金とかがたくさんある。…韓国の中でもここは特別なのかも知れないが。なにしろ敷地内に音楽ホールがあるのだ。このホールもたぶんどこかからの寄付だろう。

演目は前半がモーツァルト,ショパン,リストとピアノリサイタルらしいいかにもという曲が並び、後半はチャイコ,ラフマニノフ,プロコフィエフとちょっと渋い選曲だ。早めに行っていい席を取り久しぶりのコンサートホールの空気を味わっているうちに、あっという間に演奏時間が来た。

ピアニストはすたすたと歩いてきて椅子に座るなりいきなり弾き出した。あれれ、と思うまもなく最初のモーツァルトが始まってすぐに「なんだこりゃ」と思った。ミスタッチはあるし、なんだか演奏がなおざりなのだ。学生レベルと言ったらいいすぎだがそう言いたいくらいの演奏だ。次のショパンやリストでは音楽というよりも音を鳴らしているという感じで私は半分寝ていた。ハーフタイムの休憩が入り、一緒に来た連れにどの曲が良かったかと聞かれたので「彼は良い演奏者じゃない、どの曲も良くない」と答えた。ホントは半分くらい寝ていてよく聞いてなかったけどそれは言わなかった。そしたら連れもそう思っていたらしく、テクニックはすごいけどそれだけだ、いい音楽じゃないねと言って首を横に振った。

10分くらいの休憩をはさんで、後半、やれやれどうなることやらと思っていたのだが、今度は逆の意味で見事に私たちの思いを裏切ってくれた。まるで人が変わったような見事な演奏だったのだ。最後のプロコフィエフなどはテクニックといい、表現力といい息をのむような演奏だった。うっかり涙がでそうなくらいに。皆そう思っていたようで終わったら割れるような拍手と歓声!私も思わず声が出た。

ピアニストの自信たっぷりな笑顔を見て、なるほどそういうことかと納得がいった。彼はロシア人だ。後半のロシア人作曲家の曲が自分の感性にもぴったりはまって得意な曲なのだろう。水を得た魚のようだった。そして前半のピアノ曲らしいピアノ曲は観客へのサービスだ。モーツァルト,ショパン,リストを演目に入れておけば客は集まる。逆に言えばそういう曲を入れないと客が来ないのだ。

日本でもこういうことはよくある。以前あるすばらしい演奏家の月に一度開かれる小さなコンサートに通っていた時期がある。彼は時々現代曲をやるのでそれが楽しみの一つだったのだが、多くはやはりモーツァルトや何かその他のどうでもいい退屈な曲だ。あるとき現代曲の演奏があまりにすばらしいので、「とてもすばらしい演奏でした、いつも現代曲を楽しみに来ています。どうしてもっと現代曲をやらないのですか?」と聞いたことがある。そうしたら彼の答えは「そう言ってくれる人がいてとてもうれしい、私も大昔の曲よりも現代曲のほうがやりがいがあるし好きだけど、あまりやると客からクレームが来るんだ。たまに一曲やるだけでも、中には怒り出す人もいる。でも、今自分たちが生きてる時代の音楽をやることはとっても大事だと思うから、何を言われてもやることにしているんだ。自分が主催してコンサートを開いていてもやっぱり観客があってこその音楽だからそのかねあいが難しい、何度もやめようかと思ったよ。」ということだった。

そして、続けてこう言った。「日本に有名なオケがよく来るけど、演目はモーツァルトやチャイコが多いでしょ?あれは日本人の好みに合わせてるんですよ、日本のプロモータがそう要求するから。海外では彼らも違う曲をやるんです。」と。で彼はそういうのが嫌だからお金にはならないけど月に一度自分でプロデュースしてコンサートを開いているというのだ。それを聞いて生きた音楽は大企業の大ホールじゃなくて、こういうところにこそあるんだなあ、と思った。
by katayama_t | 2006-11-16 23:48 | Music | Trackback | Comments(0)
「いじめ」という言葉は嫌いだ
日本の学校でいじめが問題になっているらしい。いじめっていうとなんだか子どもの遊びみたいに聞こえるが、中身は暴行や恐喝などを執拗に繰り返す犯罪だ。親が子にそういうことをすれば虐待と言われ、他者がやるといじめ(虐め)といわれる。

どこが違うのかというと、虐待は無抵抗で他に逃げ場のない弱い立場のものを一方的に暴行する行為で、虐めの場合は抵抗することも逃げることもできるから虐めというのだ。たぶん。でも実際には虐めを受けた被害者は抵抗することも逃げることもできずにひたすら一人で耐える。人に相談しても見て見ぬふりだったり「がんばれ」みたいな見当違いの激励(笑)を受けたりするだけで何の解決にもならないことが多いのだろう。自殺するくらいならそんな場所からはさっさと逃げれば良いのだ。簡単なことだ。

虐めをなくそうとか、命の大切さをどうのって言ってもアメリカ(日本もこの中に含まれる)やイギリスなどの大国がアフガニスタンやイラクなどで一方的な虐殺を行っているこの世界ではまったく説得力はない。逆に白々しいばかりで、一層不信感が増すばかりだ。

日本で子を持つ親はさぞ心配だろう。自分も子を持つ親の一人として、もし我が子が虐めにあったらどうすれば良いのかと考えることがある。
子どもには「世の中にはくだらない人間がたくさんいる、もしそういう目にあったら黙って見下せ」と伝えようと思うが、黙って見下すためには相手をくだらないと思えるだけの自信が必要だ。

学校というのは閉じた世界だ、その中にいる時はその世界が全てだから分からないかもしれないが、卒業してみると世界はもっと多様だということに誰もが気づくはずだ。そう、世界は学校だけじゃないということを幼い頃から教えてあげなければいけないのだ。価値観や人生観や文化、芸術など世界の多様性を知り、さらには宇宙の深さと壮大さに思いを馳せ、自分の位置を確認できれば学校でのできごとなんて屁でもないはずだ。

もしも、くだらないことが多すぎて学校に行く意味が無いと感じたならやめたってかまわない。勉強は他でもできるのだ。実際に軽蔑しかできないようなくだらない教師や退屈極まりない同級生たちだけで成り立っているような学校もあるだろう。自分を殺してまで他の人に合わせる必要など微塵も無い。広い視野を持ち、そう思えるだけの自信をつけさせてあげることが親の役目の一つだと思う。

さて、ここまで書いてふともう一つの可能性に思い至った。自分の子どもが他者を虐めるという可能性だ。こっちのほうが問題だな。なんだか急に心配になってきた。思い当たる節があるのだ。具体的なことは書けないが、人はそれぞれ生まれながらの性質を持っている。それが良いほうに出れば長所と呼ばれ、悪い方に出れば短所と呼ばれるのだ。性質自体を変えることはできないが、その性質の使い方を反社会的でないほうに導くのもやはり親の役目だろう。こういうのは決して子育てのテクニックなどではない。本で勉強すればなんとかなるような種類のものではないのだ。最終的には親の人間性が問われるのだろうな。子育てってのはこれだから大変なのだ。
by katayama_t | 2006-11-15 23:57 | Social | Trackback | Comments(0)
オンドル
d0094333_23425544.jpgだんだん寒くなってきたが、部屋の中は暖かい。最初はマンションってのが暖かいとは聞いていたけどこんなに違うものなのかな?くらいに思っていたが、そうではなく床に暖房が入っているのだ。10月頃はなんとなく床が暖かいような気がするがもしや…程度に思っていたが、さらに寒くなってそのもしやが確信に変わった。明らかに暖かい。靴下やスリッパを履くよりも素足でいるほうが暖かいくらいだ。

韓国の伝統的な暖房はオンドルという床暖房だというくらいの知識はあったがまさかこんな新築のマンションにまで入っているとは思わなかった。韓国人に聞くとおそらく90パーセントくらいはオンドルが入っているだろうとのこと。

なるほど、それで暖房器具をみかけないわけだ。スーパーマーケットに行くと加湿器は数十台も多種多様なものが売っているのにストーブや電気カーペットなどの暖房器具がいっさい置いてないのだ。あっても大きな業務用ストーブ。スリッパも日本で見かけるような冬用のものは売っていないし、毛布も見ない。これなら日本よりも寒いと言われる韓国の冬も乗り切れるだろう。

床暖房というのは実に快適だ。ストーブのように身体の半分が熱くて反対側が冷たいなんてことはないし、部屋の中で寒暖の差がない。それに夜暗い部屋に帰ってきても部屋の中はいつでも暖かい。日本では朝起きると台所に氷が張っているなんてことがよくあるが(うちだけか?)、こちらではまずあり得ないだろう。

韓国には戸建て住宅がほとんど無く、集合住宅が一般的だ。それも高層マンションが多い。こちらに来たばかりの頃にどうしてだと聞いたら便利でセキュリティも良いという答えが返ってきたが、その時は実感として分からなかった。でも今思えば便利というコトバの中にはこういうセントラルヒーティングシステムも含まれているのだろう。戸建てにしたらいつでも暖かいなんてことはないし、光熱費もかさむことを考えると少しだけ納得できた。
by katayama_t | 2006-11-14 23:43 | Life | Trackback | Comments(0)
Media City Seoul 2006
ソウルに来た第一の目的はソウル市立美術館で開催されている第4回国際メディアアートビエンナーレ「メディアシティ・ソウル」を観るためだ。
メディアアートと言っても意外とインタラクティブな作品が少なく(あっても壊れて機能していなかった)、多くは映像作品であった。おおむね作品の質は高くそれなりに楽しめることは楽しめるのだが、わくわくするような作品には出会わなかった。中にはもしもこれがインタラクティブな作品だったらかなり刺激的だろうと思える作品もあったが、残念ながら映像作品の範疇を出るものではなかった。

また、展示スペースに係員がいないので客が作品に触れてしまうような場面も多く見受けられ、実際にちょっと触れただけでも壊れそうな種類の作品に子どもが触れている場面にも遭遇した。

ほとんどの作品は解説もなく、あってもハングル表記のみだったし、作品タイトルや作者の情報を照らすために設置してある小型ライトのほとんどは壊れているのか電池切れなのか点灯していなかったので読むこともできず、後で図録を買おうと思っていたのだが、ちょっと信じがたいことに図録を作っていないという。何度も聞き返したが、売り切れではなくそもそも作っていないと言う。しかしそんなことってあるのか? これは国際メディアアートビエンナーレだぞ。…どうも納得がいかないがいずれにしても無いことは確かなようなのでそのまま引き下がった。そんなわけで自分が観た作品がどこの誰が作ったものなのかは不明だ。

d0094333_0313320.jpgこれがテレビ電話みたいに異国とリアルタイムでインタラクティブに繋がっていたら「どこでもドア」みたいですごく面白いと思うけど、タダの映像だと意味合いが全く違ってくる。解説が無かったが、ただの録画だよなあ…。
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おいおい! それ触ったら映像がずれちゃうよ。
by katayama_t | 2006-11-12 23:45 | Art | Trackback | Comments(0)
In Seoul
南大門のマーケットに行くも、安物の衣料品が売っているのみで何の魅力もないので早々に引き上げた。たぶん東大門も似たようなものだろう。行くまでもないな。

それにしても客引きのうるさいこと。アジアの観光地ではどこもそうだが、日本語で話しかけられるのがとても不快だ。「革製品が安いよ」とか「おにいさんグッチが安くあるよ」とか。無視して行こうとすると、「あれ、どうして無視するの?」とか。アホか! 日本語の会話というのは言わずに察するものだ。日本文化は押さずに引く文化だ。日本人に物を売りたかったらそんな売り方じゃダメだ。全然なってない。あれじゃ客が逃げてくぜ。
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by katayama_t | 2006-11-12 23:17 | Life | Trackback | Comments(2)


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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