Katayama Takatoshi Weblog
<   2009年 04月 ( 16 )   > この月の画像一覧
子どもが嫌い?
d0094333_21173715.jpg
昨日は長女の友達が3人遊びに来たので、うちの3きょうだいと合わせて6人を連れて近くの牧場へ牛を見に行った。

私はほとんど引率の先生状態。最初はおっかなびっくりだった子ども達も、1人がこわごわ餌の干し草をあげ出すと、それをまねて次々に子ども達が餌をやり、だんだんとエスカレート。しまいには、走って餌を取りに行って牛に投げつける始末。それをやんわりと注意すると、素直に言うことを聞いて行儀良くなった。
よくできた子ども達である。はっきり言ってかわいい。

「小学校の先生っていいかも」と一瞬思ったが、こういう子ども達ばかりじゃないだろうし、親とのやりとりも大変だろうし、他の先生達と協調しなければならないだろうことを思うと、「ああ、自分には無理だ」とすぐに思い直した。

それにしても自分はいつからこんなに子ども好きになったのだろう?
昔は子どもなんて嫌いだったはずだ。それが今はどうだ。子ども達を見ると自然と笑顔になるではないか。笑顔になるだけではなく、よその家の子ども達と何の抵抗もなく自然に会話している自分に驚く。

「子どもなんて嫌いだ」と思っていたのは、たぶん接し方が分からなかったからなのではないかと思う。子どもの頃からずっと他の子との接し方が分からなかったのだ。だから気を許せる友達もできなかった。
それが大人になってようやく人と自然に接することができるようになった。そして、今、自分は自分の子ども時代をもう一度やり直しているのかもしれないと思う。ほとんど口をきかず、自分の中に閉じこもっていた自分をようやく今、「もう一人の自分」として相対化できているのではないかと思うのだ。子どもを育てるというのは自分が見失った子ども時代を取り戻す作業なのかもしれない。
by katayama_t | 2009-04-30 21:20 | Life | Trackback | Comments(2)
池田亮司展
d0094333_18313798.jpg
先週東京都現代美術館で池田亮司展を見た。池田亮司を人に説明する時には、いつもどう言っていいのか分からず困る。「ダムタイプの音楽をやっていた人」と言うのがてっとり早いのだが、そう言って通じる人はもともと池田亮司を知っている人だ。
音楽家というにはあまりに既成の音楽から離れているし、かといって美術家というのも違う。アーティストだと言えば、まあ、当たってはいるが、それでは何も言っていないのに等しい。

会場は1階と地下1階の2フロアを使って上は黒の空間で視覚の世界、下は白の空間で音の世界。まず1階に入っていくとびっしりと細かく数字を刻んだ金属板が現れる。デジタル技術ってすごいんだなあ…、などと思いながら次の空間に入っていくと美しいデジタル映像が流れている。これだけでも見ていて飽きないが、次の空間では何人か床に座って壁を見つめているのが見える。

「何だ?」と思ってそちらに行くと壁一面がスクリーンとなっていて、継ぎ目無くデジタル映像が目も止まらぬ早さで流れている。
圧倒的である。
音に合わせて映像が変化するたびに身体が「びくん」と反応する。もう「すんげえ」としか言いようがない。

2000年にオペラシティギャラリーで見た宮島達夫のメガデスという作品を思い出した。メガデスは壁一面に青色のデジタルカウンターを敷き詰めた、これまた圧倒的で感動的な力作だが、どこか血の通ったアナログなイメージがある。一方池田亮司の作品は、色彩もなく、徹底的に情感を廃した中から立ち現れてくるイメージの比類ない美しさを見せている。

とにかく美しい。

いきなり飛躍するが、
グレン・グールドのバッハに通じるところもある。
…ああ、それは昨夜YouTubeでグールドの演奏を見ていたからか(笑)。

6月21日(日)まで。阿修羅展とは対照的に客は少ない(笑)。
by katayama_t | 2009-04-27 18:26 | Art | Trackback | Comments(0)
「れんげ祭り」と「いすみ鉄道」
午後からは、子ども達を連れて(連れられて?)大多喜町の「れんげ祭り」に行く。お昼にビールを飲んでしまったので歩いて行く羽目に。ちょうど1時間歩いてようやく会場に到着するも、特に見るべきモノもなく、屋台の大判焼きを食べてから会場にいた合鴨と山羊とウサギを見て、辺り一面に咲いているれんげを摘んで帰ってきた。

帰りはまた1時間歩くのもつらいので、いすみ鉄道に乗る。家から一番近い駅でも20分かかるし料金も高いが、たまには乗ってみるのも良いものだ。いすみ鉄道は常に存続の危機にさらされているが、これが無くなったら大多喜はさみしい町になるだろう。この鉄道があることで大多喜の魅力が増しているのだから、赤字であろうが残したほうが良い。
この路線を残す為には私たち住民がもっといすみ鉄道を使うようにすれば良いのだが、車の方が便利で安いのでなかなか乗る気になれない。こういう問題は難しい。
d0094333_20491235.jpg

by katayama_t | 2009-04-26 20:51 | Life | Trackback | Comments(0)
雨後のタケノコ
d0094333_11544968.jpg
昨日は一日中雨。
家の進捗状況は、現在土台部分の檜を角のみで荒刻み中。
カリコメさんの作業場で柱の位置を再度打ち合わせして、設計に若干の変更を加える。

夜はいつものように子ども達を早く寝せてから赤のボルドーとパン、チーズ、サラダ、ポトフ、それからずいぶん前に頂いたノルウェー土産のへら鹿(Elg)の干し肉を食べる。味は特にクセもなく普通においしい。野生動物の肉は意外とあっさりしていておいしい。Elgがへら鹿、Reinがトナカイだそうだ。

借金まみれなのに毎週こんな贅沢をしていていいのか? という気もするが、…まあ、いいか。

今日はよく晴れて、庭を見渡すとタケノコがあちこちに出ている。「雨後の筍」とはまさにこのこと。一日で20cmほど伸びているんじゃないだろうか?
子ども達がタケノコを掘ってままごとに使っているので「食べ物を粗末にするな!」とキツく言い聞かせる。実際には遊びに数本使ったくらいでは大勢(たいせい)にまったく影響はないし、伸びすぎたタケノコは私が毎日のように足で蹴り倒しているので、「粗末にするな」と言ってもあまり説得力はないが、わざわざ遠くから堀りにくる人達が、子どもがままごとに使っているのを見たら、いい気はしないだろう。
by katayama_t | 2009-04-26 11:58 | Life | Trackback | Comments(0)
人を作りたい
d0094333_10222714.jpg2年前韓国にいた時には自画像をたくさん描いていた。他に描くものが無かったから。

昨日その時に使っていたクロッキー帳をたまたま開いたら自画像ばかり10枚くらい描いた後に1枚だけ他の人の顔が描かれていた。

「この美人は誰だ?」

と考えてもまったく思い浮かばない。
描いた記憶はうっすらとあるが、人物に心当たりはないし、会話した記憶もない。
昨日から考えていたら、だんだんとその時のことが思い出されてきた。

あのころは暇を持て余していた。夜はたっぷり時間があるし、土日もまるまる空いていた。だから自画像なんてものを描いていたのだ。

自画像というのは鏡を見て描くので正面からしか描けないし、そもそも自分の顔を描きたいわけではなく他に描くものが無いから描いているだけなので、すぐに飽きるのだ。でも飽きたからといって、描きたい欲求はあるし、他にやることも無い。
できれば誰か他の人を描きたい。

そして、どうしたものかと思いながら、人物を想像して描いたのがこれ。そうだった、今はっきりと思い出した。

冷静に考えると、もし、モデルがいたとしたら1枚しか描かないなんてことはあり得ない。せっかくのチャンスだから少なくとも5枚くらいは描くだろう。モデルがいないで描いているのでよく見ると顔のバランスがおかしいし、試行錯誤した形跡もない。描き込むこともできない。

自画像がつまらなくなって描いてみたのだが、やってみるとモデルを見ずに描くのもたいして面白くないから1枚でやめにしたのだ。そしてモデルの印象も無いから記憶にも残らなかった。

具象は楽しい。具象をやりたいといつも思っているが一人ではできないというのがネックだ。
by katayama_t | 2009-04-22 08:22 | Art | Trackback | Comments(2)
卓上彫刻2
d0094333_21495986.jpg
昨日日曜日は今日の授業の準備の為、一日中大学で仕事。他の教員にもメール添付で配れるようにwordで配布資料を作ったのだが、どうしても文書のレイアウトがうまくいかない。画面上で見えているレイアウトとプリントした結果が違うのだ。あれこれ試すのだが、まったくバカなソフトでイライラする。あんな欠陥ソフトでも事実上世界標準になってしまっているので使わざるを得ないのがmacユーザーの最大の不幸だ。mac専用のワープロソフトのほうが100倍も使いやすいのだが。

レイアウト調整を諦め、ようやくプリントを終えて余った時間で卓上彫刻第2弾を作る。
素材合わせに時間がかかり未完成のまま次回に持ち越し。
by katayama_t | 2009-04-20 21:51 | Life | Trackback | Comments(0)
芸術とは人の心を動かす技術?
d0094333_1254873.jpg歌はいい。何も持たずに自分の身一つで人の心を動かすことができるとは、なんて素晴らしいのだろう。

それにひきかえ彫刻家なんてものは、場所も、時間も、お金も必要で、その上たいていの場合その苦労は報われない。音楽のように人を熱狂させることも無ければ、人の反応を直接肌で感じることも無い。まったくつまらない仕事だ。

イギリスのオーディション番組「Britain's Got Talent」に出演したSusan Boyleさんの歌声が世界中のネットユーザーを魅了している。
http://www.youtube.com/watch?v=9lp0IWv8QZY

彼女はスコットランドの田舎で慈善団体の仕事をして暮らしている47才の、見るからに冴えない独身中年女性だ。野暮ったい服装で登場した彼女は歌手になるのが夢だけど今までチャンスが無かった、「Elaine Page(イギリスの人気ミュージカル女優)」のような歌手になりたいと言って会場から失笑を買うが、彼女が歌を歌い出した最初の1小節で会場の雰囲気は一変した。

彼女のまったく冴えない容姿と、天使のような歌声とのギャップに会場は息をのむ。

こういうオーディション番組は時々とんでもない才能を発掘する。
それは幼い子どもの歌であったり、冴えない少年や中年の歌であったりするが、人を苛つかせるような容姿やしゃべり方であっても、その人が歌を歌った瞬間に神から与えられた才能に畏敬の念が湧き、その人に対してそれまでとはまったく別の見方をするようになる。

http://www.youtube.com/watch?v=Xf9s0XMNDP0

http://www.youtube.com/watch?v=V1Q9Ckra6vY

http://www.youtube.com/watch?v=y68JoxCkc1Q

才能とはこういうものなのだと思い知らされる。

知識を積み重ねたところで何になろう。
人は芸術のために生きるべきなのだ。
by katayama_t | 2009-04-20 01:26 | Art | Trackback | Comments(2)
墨入れは続く
d0094333_21183653.jpg
朝掘ったタケノコを茹でてからカリコメさんのところへ進行状況を見に行く。
木材は土台と梁に加えて母屋も来ていて、山のように積んであった。
その山を板図を元に一本一本墨入れしては、墨入れ済みのもう一つの山へ移動していく。

図面を見ながら話をしていると、この家はかなり難しいということが判明。「今までやった中では一番難しい設計だよぉ」…なんてことを今さら言われても、基礎はもう終わっているし、設計変更は利かない(笑)。

構造的に強度が不足するようなら筋交いでも何でもバシバシ入れてもらおうと思う。どうせ建築家やデザイナーが好むような小洒落た建物にはならないし、構造材も剥き出しのままにするつもりなので、後から補強材が入っても全然違和感は無いはずだ。
by katayama_t | 2009-04-18 21:20 | Construction | Trackback | Comments(0)
美術館はしごの日
d0094333_21383370.jpg
d0094333_21403177.jpg
昨日は森美術館 → 21_21デザインサイト → オフサイドギャラリー → ワッツという美術館と画廊のはしご。森美術館はオラファー・エリアソン目当てで行って、他の作家はざっとしか見なかったが、エリアソンの作品は別格という感じがした。酸化金属の被膜を施した2枚のガラス板とライト、モーターだけで不思議な色の世界が繰り広げられている。彼の作品は仕掛けがシンプルであることが重要。例えばあれがプロジェクタの投影による作品だったら、まったく力を持たないだろう。今まさにその場で起きている現象だというところが、ぞっとするほどリアルなのだ。

21_21では「うつわ展」。久しぶりにルーシー・リィーの器とボタンを見たくて行った。作品は溜息が出るほどすばらしいが、安藤忠雄の展示が良くない。作品数はたくさんあるのに近くで見られるのはわずか。巨大な水盤を用意して器が水の上に点々と浮いているようなイメージ。壁から絶えず水が流れてくる仕掛けだが、モーター音が不快だし、肝心の作品が遠くてよく見えない。展示空間を写真に写せば見栄えはすると思うが、あれではまるで安藤忠雄展だ。それでも行く価値は十分にあるが。

その後は行きつけの画廊でコーヒーを御馳走になったり、スペイン人はよく食べるという話をしたりして帰ってきた。
by katayama_t | 2009-04-18 21:16 | Art | Trackback | Comments(0)
卓上彫刻
d0094333_1223275.jpg
一昨日から頭痛がひどく昨夜は早めに寝たのだが、少しも休まらず、明け方(夜中?)3時半に目が覚めて、それから頭は冴える一方。妙な焦燥感にかられて身体は緊張のしっぱなし。これは休養して治るものではない。
いてもたってもいられず、5時に布団から出てそのまま大学まで車を飛ばした。

大学のネットワークは相変わらず調子が悪いが今日はもう放っておくことにして、工房で小さな作品を作った。ガラスと鉄と真鍮と木片を素材とした30cm程度の卓上彫刻。こんな小さなものでも創作は創作。自分の感覚を開けて(空けて)素材を観察し、形をイメージする。
作り出して3時間。作品の出来映えはたいしたこと無いが、身体が少しほぐれた。頭痛も我慢できない程ではなくなった。
「作る」ことが好きだとは意識しないが、作らなければ病気になりそう。
by katayama_t | 2009-04-16 12:10 | Art | Trackback | Comments(0)


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
カテゴリ
以前の記事
2018年 08月
2018年 07月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2016年 10月
2016年 08月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 08月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
Link
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


View my profile