Katayama Takatoshi Weblog
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アートで世界を変えられるか?
今日は午後からギャルリワッツへ行き、今後の方針について話し合ってきた。自分がどういう状態にあるのか自分でもまだよく分からないが、個展を準備できる状態でないことは間違いない。おそらく立ち止まって考える時期なのではないかと思う。
画廊にいる作家の方や、作品を見せに来た多摩美の社会人学生の方とも話をして落ち着いた良い時間を過ごした。その後ワッツに紹介された古道具屋さんを覗いてからワタリ・ウムへ行き「ひっくりかえる展」を観た。

すぐに見終わるだろうと思っていたが、これがなかなか見応えがあり、閉館時間を過ぎてもすべて見ることができず、会期中にもう一度行こうと思う。

特に偽のニューヨークタイムス号外を大量配布した『The Yes men』とパリのストリートアーティストJRの『Women Are Heroes』は圧巻。このようにユーモアがあり、なおかつ非常にインパクトがあり、そのうえ人々に受け入れられているアートプロジェクトを見ると「アートで世界を変えられるか?」という問いにも「Yes」と答えて良いような気がしてくる。世界ではこういう素晴らしいアートが健在であることを知るととても嬉しくなる。
by katayama_t | 2012-05-31 23:58 | Art | Trackback | Comments(0)
夢・信念・権力
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夜、川崎から帰る途中、久留里の山中で道に迷った。真っ暗闇の中、まったく見覚えの無い曲がりくねった山道を延々と走っていると方向感覚を失い、時間の感覚も、場所の感覚も狂ってくる。「もしかしたらここは新潟の山の中なのではないか?」あるいは「家に帰っているつもりだけど、実は自分には家も家族も無いのではないか?」などというような現実離れした考えが浮かんでは消えていく。そして、もしここで動物が飛び出してきて衝突したら、どこにも連絡できず、ただひたすら車が通りかかるのを待つだけだ、という現実に起こりうる恐怖に怯えながら慎重に車を飛ばした。

iPhoneの電池も切れて、疲れ切った頃にようやく知っている道路に出たのだが、知っているはずの道もよくよく見るとなんだか知らない道に思えてくる。「自分はとんでもない思い違いをしているのではないか?」という妄想を振りはらいながらようやく家に辿り着いた。

人間の感覚というものはこうも脆弱なものなのかと思った。簡単に周囲の環境の変化に翻弄されてしまう。

カーナビがあればおそらくここまで心細くはならなかったはずだ。現実の道路などに囚われず電子画面を信じて行けば最短距離で目的地に到着できる。迷う必要は無い。しかしそれは目的達成のために現実にある道路状況を無視することだ。『過程』を無視し、自分を閉じることだ。そこでは起こるはずの心理的な動揺もなく自分が変化することもない。カーナビを例に出すまでも無く私たちは日々電車や車を利用することで、目的地までの『間』をすっとばして行く。そして時間がかかることを『無駄』という。そもそも生きること自体が無駄なのにだ。


今日も一日中人と向き合っていた。人というのは本当にいろいろだ。

自分の状態を人に指摘されて、その言葉を素直にまるごと受け取り自分を大きく変化させることのできる人がいる。一方、人の言葉を『評価』し参考になるところは参考にするというスタンスを崩さず、自分を変えることのできない人がいる。前者は社会的には弱いが、おそらくは許容量の多い豊かな人生を送ることが出来る。後者は社会的には強く、ある程度『成功』するかもしれないが、振幅のある豊かな人生を送ることは出来ないだろう。感受性が強いということは移ろいやすく、傷つきやすいこと。それはたぶん社会的な価値基準で言ったらいわゆる『弱い』ことだ。

学校に行くようになると、自分の意見を持ち、それをはっきりと人に伝えることが必要とされ、前向きで明るくて元気の良いことに価値があると教えられる。信念を持ち、夢を持ち、辛いことがあっても、それをものともせずに乗り越え、あるいは、辛かったことをバネにして、より向上していくことが良い人生だという価値観の押しつけがある。そうして自分の感情に蓋をすることに慣れていき、鈍感になり、いつか蓋をしていることもわからなくなる。

鈍感な人は社会に順応し一見問題が無いように見える。しかし、鈍感であるというまさにそのこと自体が大きな問題なのだ。鈍感な人は感情に流されず正しいことを信じて、疑わずに突き進む。そういう人達が権力を持ち人を人として扱わず社会を荒廃させていくのだ。
by katayama_t | 2012-05-27 23:14 | Life | Trackback | Comments(0)
森の空気と掃除の作法
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今朝は江澤木材に行って材木代の支払いをしてから、たまたま通りかかった笠森観音になんとなく寄ってみた。朝早かったので観音堂は見られなかったが参道を登るだけで素晴らしい気分になった。適度に手入れされた森の中にいると自分と外界との境界が無くなり自分の中身が入れ替わったよう。竹箒で長い参道を黙々と掃除しているお坊さんに「とても良いところですね」と声を掛けると、無言でにっこりと微笑んでくれた。

お坊さんが石の階段を掃き清める様を見ていて、掃除というものは本来その行為自体に意味があるもので、キレイになるのは単に結果にすぎないのではないかと思った。場を掃き清める過程で自分自身も無になっていくことが重要なのだ。

過程を見ずに効率や結果、質より量を重視する世界とはまったく逆の世界がいつもそこに変わらずあるということに、なんだかとても安堵した。
by katayama_t | 2012-05-23 22:56 | Life | Trackback | Comments(0)
久しぶりにレコードを聴く
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早めに帰ってきたので久しぶりにフルトヴェングラーのベートーベンを聴いた。フルトヴェングラーのベートーヴェンだけでも数えてみるとレコードが17枚ある。その上CDも何枚かあるはずなので20枚以上あるだろう。マニアというには程遠いが、よくもまあこれだけ集めたものだとは思う。

中でもベルリンフィル1942年録音の9番は同じ演奏のものがレーベル違いでunicorn、fontana、turnabout、everestと4種類ある。

この演奏を初めて聞いたのは20才くらいの時だったと思う。高田馬場の名曲喫茶でたまたまかかっていたのが42年の第9だった。それまではフルトヴェングラーの第9は定番のバイロイト祝祭管の51年録音を聞いていたのだが、42年のものはそれとは大きく異なっていた。音質こそ悪いものの、音楽の密度といい、緊張感といい、圧倒的だった。いたく感動して、店の人に「この演奏は何ですか?」と聞いたのが事の始まり。

それからこの録音を探して最初に買ったのがfontana盤。これは同じ演奏だとは分かるものの音質が酷すぎて聞くに堪えなかった(ラジオ放送を録音したものだとの噂)。レコードに詳しい友人から古い録音のものはマスターテープが劣化するので、できるだけ古いプレスのレコードを買うと良いという話を聞き、次に探し出したのがイギリスのunicorn盤。2枚組で15000円也。高すぎるだろ、と思ったがこのチャンスを逃したら次にいつ出会えるかわからないので購入。こちらの音質はfontanaとは比べものにならないほど良いが、家で聴いてもたいして感動しない。あの名曲喫茶で聴いた音楽はもっとずっと良かったような気がして(場所と機材、自分の身体の状態の違いが大きいだろうことは薄々感じてはいたが…)、それからeverest盤を買い、まだ満足できず、最後に購入したのがturnabout盤。これは数年前に韓国の中古レコード店で買った。値段は30000ウォン。日本円で2000円ちょっとだと思う(安い!)。42年盤は見つけたらとりあえず買うことにしていただけで、たいして期待はしていなかったもののこのturnabout盤はとても良い。unicorn盤よりも若干クリアな印象。いつか一人きりで大きな音でこれをかけてみようと思う。でもたぶんそれでもあの時名曲喫茶で聞いたほどの感動は得られないだろう。

わかっている。フルトヴェングラーの言うように、音楽とはその時と場所で新たに産まれる一度きりのものなのだ。演奏する側にとっても聞く側にとってもそれは同じ。

それにしても42年といえば戦争まっさかりである。フルトヴェングラーはいったい何を思って演奏していたのだろう? こういう鬼気迫る演奏は現代ではとても無理だろうと思う。
by katayama_t | 2012-05-22 23:49 | Music | Trackback | Comments(0)
緊張できるという才能
昨日カウンセリングを専門としている方とお話ししていて、今まで気づけなかったことにいろいろと気づくことが出来た。

「初対面の人と接するときに緊張しませんか? カウンセリングをやるときにはどうしているんですか?」と聞いたら「緊張するということは悪いことだと思いますか?」と聞かれた。緊張できるというのは一種の才能で、そういう感性は大事にしたほうが良いとのこと。緊張して、ビクついて、自信の無い状態が最も感じやすい状態で、そういう状態になれないと人の内面を感じることはできないし、話を聞き出すこともできない。

言われてみれば確かにそうだ。相手を見ないようにすれば緊張はしないが、そこに関係性は産まれない。また、意気込みすぎて、こちらに力が入っていても相手は何も話せなくなるだろう。相手を「押す」のではなく「引く」のだ。それから相手に内面を出して欲しければまず自分がバリアを外して内面をさらけ出す必要がある。自分は安全圏にいながら相手に内面を語って下さいなんて言っても、それは無理だ。

気づいてみれば当たり前のことだが、今までは「この人はどうして自分を出してくれないのだろう?」などと思っていた。

問題は自分にあったのだ。相手が怖くて自分にバリアを張っていた。自分を開くことで相手も安心して内面を見せてくれるだろう。

こうして考えてみると「ものづくり」でもまったく同じ事が言える。

緊張感を持って素材を注意深く見つめることでしか、その素材に合う形は見えてこない。素材を見ずに自分の欲しい形に素材を押し込めるやりかたは一見強そうに見えるが人間中心で観念的で狭量で寒々しい。そこからは対立概念しか産まれてこないだろう。

また、「自信がある」というのは経験や知識に縛られている状態であって、そこから新しいものは産まれない。

新しいもの、未だ見ぬものを産み出そうとしたら、過去を捨てなければならない。その時には自信など無く、とても怖い。出口があるかどうかも分からない暗闇の中を手探りで進むようなものだ。

新しいものを作る時に「自信がある」ということの意味は、自分は過去を捨て去ることができるという自信であって、良いものを作れる自信ではないのだ。

そいういうふうに「自信の無いやりかた」をしていかなければ、ものを作る意味など無いし、生きる意味も感じられなくなりそうだ。
by katayama_t | 2012-05-19 00:09 | Art | Trackback | Comments(0)
好きなものを作ること
今日は午前中2〜3時間粘土をいじり、午後から授業の準備。14:30から夕方まで授業。その後、仕事は山積だが無理をしないで帰る。

2〜3時間粘土をいじったところで、作品なんてほとんど進まないのだが、少しずつでも毎日やれば、少しずつは進む。何もやらなければ何も進まない。当たり前だけれど大切なことだ。

今までは、まず個展の日程が決まっていて、それに向けて作品を作ってきたが、そういうやりかたでは何か新しいことをやろうとしても難しい。締め切りがあるということで火事場の馬鹿力は出るかもしれないが、間に合わせるためには冒険はできないのでヘタをすると自分の作品のコピーのようなものになってしまう。それは最悪だ。

今年はワッツの個展をキャンセルして、今のところ個展の予定を入れていない。まずは自分の好きな作品を作って、人に見せたいと思えるものができたら個展をやろうと思う。これは考えてみれば当たり前のことだ。まだ個展をやっていなかった頃には純粋にそう思っていた。個展を先に決めてそれをモチベーションにして作品制作をするような人達を自分は見下していた。

自分を追い込んで無理矢理に作ればそこそこ良い作品は作れる。でもこのままでは酒の量が増えるばかりだ。
もう一度最初からやりなおす時期に来ているように思う。
by katayama_t | 2012-05-16 22:00 | Art | Trackback | Comments(0)
雨の日は頭痛
今日は6時半に家を出て8時半に病院で診察、9時半から12時までゼミ。午後は16時過ぎから授業が入っていたが、TAの学生に任せてパンダを修理工場に持って行った。1週間ほど前からエンジンのフケが悪く排ガスが若干黒い。一通り見てもらったが原因は特定できず代車の用意ができしだい入院して精密検査ということに。たいしたことなければ良いが…。

天気のせいか朝から偏頭痛がひどい。夜になって仕事をしようにも頭痛がひどくて何もできず。
これは生活の乱れもあるかも。明日から生活を見直そうと思う。外泊を少なくして規則正しい生活をし、とにかく好きな物を作る。
by katayama_t | 2012-05-15 23:03 | Life | Trackback | Comments(0)
未完成披露パーティー
5月5日こどもの日、一向に完成を見ない我が家の「未完成披露目パーティー」を行いました。突然の決定にも関わらず総勢20名以上の方々に来て頂いてこどもの日らしく賑やかな1日となる。

みなさまありがとうございました。ろくに話もできませんでしたが、これに懲りずにまたいらしてください。
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by katayama_t | 2012-05-15 22:44 | Life | Trackback | Comments(0)


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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