Katayama Takatoshi Weblog
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もう「コミュニケーション」にしか興味が無い
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人の話を聞き続けるのはとても体力のいること。
自分をからっぽにして相手の話を聞く。すると相手の感情や情念のようなものが自分の中に流れ込んできて溜まっていく。終わった後これを何らかの方法で吐き出していくのだが、吐き出した後の虚しさといったらない。吐き出した後には何も無い虚空があり、とても心細い気持ちになる。

昨日は、首都高を流しながら自分の中に溜まっていたものを吐き出していた。

たぶんもっと良い方法があるはず、自分の中に溜め込まず、川の流れのように瞬時に自分の中身を更新していくような方法が。

人の言葉や言葉にならない「感じ」を自分の中に取り込むのはとてもストレスが溜まるが、今日草刈りをしながら考えていたら、作品作りで素材と対峙している時にも同じことを感じていたことに気がついた。素材の場合は動かないので、人間を相手にする場合ほどストレスフルではなく打ちひしがれることも無いが、自分を空っぽにしていくという点ではとても似ている。作品を作っている時には自分がとても弱く感じる。

人の話を聞く場合、こちらからの誘導が無ければ、誰もありのままの自分など出してくれない。素材を相手にする場合もこちらからアプローチして始めて素材はその特性を明かしてくれる。

人の話を、あるいは素材の声を聞くために働きかける。
そして、相手のことが分かってくるとある程度自分の意のままに操ることができる。
そのときにはどこか悪魔的な快感がある。

そして、最近よく思うのは、自分を変化させるためには自分を空しくしておかなければいけないということ。自分の中をからっぽにしておき、ひたすら受容することでしか自分を変えることはできない。自分を敏感に変化させるためには、経験や信念や知識など、溜め込んできたものを一度捨てなければならない。

ものをつくるというのは、小さく何も持ってないただの弱い人間にその都度立ち返っていく作業なのかもしれない。そしてもしかしたらそれが自由と呼ばれる状態なのかもしれないと思う。
by katayama_t | 2012-07-15 21:34 | Life | Trackback | Comments(0)
かけ値なしに美しいものを作りたい
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それなりには美しいがまだまだ修行が足りない。このコンセプトでもう1回作る。
by katayama_t | 2012-07-07 20:57 | Art | Trackback | Comments(0)
日の出とともに山の神様へ
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今朝は日の出とともに三夜様と山神様の掃除とお参り。山の上に小さな社があって年に何回か掃除をするらしい。日程は決まっていて雨が降ろうが風が吹こうが、とにかくその日にやる。

仕事の合間に聞く昔の話が面白い。子どもの頃は、水路にコンクリート製のU字溝など入っていなかったからこの辺も今よりもっと豊かで田んぼには食用蛙や鰻、ナマズ、沢ガニなどがたくさんいたらしい。蛍も今よりもっとたくさんいた。

皆「U字溝とっぱらうか〜」なんて冗談交じりに言っていた。
私は心の中で「賛成!」と言った。
by katayama_t | 2012-07-07 20:52 | Life | Trackback | Comments(0)
普通の器シリーズ
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白い粘土で何の変哲もない形を作って、ただの透明釉薬を普通にかけて焼く。
そうして出来た器がかっこよければ、それに勝るものは無いのではないかと思って作っているが、なかなか良いものはできない。

今までは、赤土に白化粧を施して透明釉をかけて焼き、微妙な濃淡でできる景色を楽しめるようなことを意識して作っていたが、少し小手先の表面的な技術に頼っているような気がして、景色を求めず使いやすいというだけのごくごく普通の器を作ってみたくなった。

しかし、これは本当に難しい。へたをするとMUJI的な何の魅力もないものになってしまう。すでに一生かかっても使い切れないほどの器があるが、満足のいくものが出来ないので、しばらくするとまた作ってしまう。作った時にはこれでもうやめてもいいかなと思うのだが、焼いてみると不満だらけ。

こうして使わない器が年々たまっていく。人にあげればいいのかもしれないが、自分で満足いっていないものを人に渡すこともできない。困ったものである。

燃料や粘土を使って不要なものを作りつづけるのは気が引けるので、次こそは良いものを作ろうと思う(懲りてない)。
by katayama_t | 2012-07-05 22:48 | Trackback | Comments(0)
10年前の自分に出会う
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資料の整理をしていたら今からちょうど10年前にある団体の機関誌のために書いた文章が出てきた。ぴったり10年後の今、この文章に出会ったのも何かの縁なのかもしれないので掲載しておく。今読み返すととてもつたない文章だけど、たぶん今でもつたない文章しか書けていないと思う。

自分の文章を読み返すことはほとんどない。読み返す勇気がない。私が自己嫌悪と無縁でいられるのは自分を見ないからということもある。

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 僕が子どもだった頃、「21世紀」というコトバは「未来」の代名詞だった。少々胡散臭くはあったけれど、それでも未知のものへの不安とあこがれを感じたものだった。
 前世紀の終わりにベルリンの壁が崩壊し、ソ連が解体した時、ああ、このようにしてイデオロギーや国家という幻想が世界からはぎ取られ、21世紀は始まるのかと少し高揚した気持ちでテレビの画面を見つめていた。
 しかし、9月11日に合衆国で2つのビルが崩壊し、その後の世界情勢を見るにつけ、その考えがあまりに楽天的すぎたのだと思い知らされた。世界はまだまだどうしようもないほど分裂していて、人類は未成熟で未来に希望を見いだすことなど出来そうにない。
 先日、ある活動家と会って話をする機会があった。彼女はアメリカ(日本も加担した)によるアフガニスタンへの空爆に反対し、インターネット上で募金を募ってニューヨークタイムズやロサンジェルスタイムズ、その他海外の主要紙に全面広告を掲載した。
 こちらは僕と妻と2歳と3歳の子どもたち、むこうは1歳の子連れという全く場にそぐわないメンバーで国会議員会館で落ち合って、有事法制反対のロビー活動をしたのだ。僕たちの意思とは無関係に大変なことが決まっていくことに、いてもたってもいられず何も手につかずとうとう仕事を休んで「えいやっ!」と出かけてきた。といっても僕たちは今までまったくそんなことはやったことがなく、まるで右も左もわからない子どものようだったのだが…。
 彼女が別れ際に言った言葉が忘れられない。「この国はどうしてこんなに変なことばかりやるのだろう…、あれもこれもたくさんあって対応しきれない。」と、彼女はそう言った。僕はそれを聞いて思った。自分は今まで世界にどれだけ関わってきただろうか…、と。
 それからしばらくして、「自分はいつから大人になったのだと思う?」と唐突に妻に聞かれた。少し考えてから僕は「ここ2〜3年、子どもと関わるようになってからだと思う。」と答えた。妻の目がパッと輝き、「やっぱりそう思う? わたしもそう思うの!!」という返事が返ってきた。
 そう、僕たちはもう大人だ。やっと大人になれたのだ。この国も、この世界も自分と関係ない外の世界ではもうない。未来に希望が見いだせないなどと言って、世界を傍観していていいわけはないのだ。
 僕たちが子どもの頃に感じた21世紀に対する明るいイメージは多くが無知からくる幻想だったけれども、世界から多くの幻想がはぎ取られたように見える今、子どもたちは未来をどのようにイメージするのだろうか…。
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10年前にはfacebookもtwitterも無かった。今ならあっという間に情報が拡散するのでたったの3人で国会議員会館に乗り込むようなことはないだろう。この10年間世界は大きく変わったような気もするし、何も変わっていないようにも感じる。良くなっているのか悪くなっているのかもよく分からない。世の中分からないことだらけである。


追記:よく考えたら、政治家に直接会って何かを伝えようという人は、今も昔もそういないかもしれない。一見多くの人が意見を言うようになったように見えるけど、そう見えるだけのことかもしれない。

多くの人がデモに行くことで意思表明しようとしているが、誰に向かって何を言いたいのかがはっきりしない。デモを企画する人は大手のメディアに乗ってデモの人数を増やすことで政治家に圧力をかけようとしているのだろうが、コミュニケーションというものは基本的に1対1の関係の中で産まれるものなのではないかな。

デモに行くことは否定しないし、それどころか、行けなかったことで悔しい思いをしているが、大勢の中の1人でいるよりも、たった1人でも意見を表明して、異なる意見の人と対話することから始めてみるのも良いと思う。(7/5)
by katayama_t | 2012-07-03 18:51 | Social | Trackback | Comments(0)


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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