Katayama Takatoshi Weblog
いやなことはやらない。
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「アルバイトをするために面接があって、しかも落ちることもある」ということを最近、現役大学生から聞かされた。どんな特殊なアルバイトかと思って「モデルか何かのバイト?」と聞いたら、いたって普通の飲食店だと言う。そして、どんなバイトでも今はそれが普通らしい。

私が大学生の頃は、ちょうどバブル景気のまっただ中で、そんなことはあり得なかった。どこも人手不足。上野公園で1人ベンチに座っているだけで、知らないおじさんから「仕事あるよ」と声をかけられた。

あるとき、建築中のビル内装のバイトに申し込んで、現場のビルに行ったら、申し込んだ会社がどこで仕事をしているのか分からない。携帯電話など無い時代だから連絡のつけようが無い。しかたがないので入り口付近で仕事をしていたオニイサンに「○○という会社知りませんか? バイトを申し込んだんだけど、どこに行けばいいのか分からないんですよ」と声をかけると、「これだけたくさんの業者が入っているからねえ……。」「良かったらウチで働きなよ」という返事。続けて「一日いくらで申し込んだの? ウチならもっと出すよ」と言ってくる始末(笑)。「いやあ、働くと約束したんでもう少し探してみます」と言ってあちこち探して、ようやくたどり着いた現場は、やはり人手不足で、ほとんど素人のロクに溶接もできないおじさんが鉄の窓枠を溶接していた。

良い時代だったか、悪い時代だったかと問われれば、いろいろ批判はあるだろうが良い時代だったと言う他はない。毎日が実に愉快だった。もともと楽天的な性格ではあるが「人生なんとでもなる」という根拠の無い自信は、あの頃の経験が元で形成されたような気もする。「将来を悲観する」という心理状態が何のことなのか正直言ってよく分からない。だから大学を出たら当たり前に就職をすると思っている今の学生達の気持ちも、理解しようとはするけれど本当には分かっていないと思う。

最近そんな良い時代のことを、ありありと思い出させてくれる本に出会った。本のタイトルは「タワシ王子の人生ゲーム」。現在下高井戸でJAZZ KEIRINという変わった名前のうどん屋を経営している栂野さんの破天荒な自伝エッセイ。先日、出版関係の仕事をしていたマリオさんから送られてきた。どうやらマリオさんが企画を立ててこの本が作られたらしい。本には手紙が添えられており、そこには「今の若い人たちに読んで欲しい」という言葉がある。

表紙を開くとまず、目に飛び込んできたのは、

「いやなことはやらない。」
「迷ったら新しい方を選ぶ。」

という言葉。

「ああ……! これは何か自分にとても近いものがある」と思った。

著者の栂野さんは、私などとは比べようも無いほど自由に生きてこられた方で、似ているなどというのはおこがましいが、それでも、何かが似ている。それはやはり、若い頃にあの時代の空気を吸って生きてきた人が、ひょっとしたらどこかに共通して持っている鷹揚さのようなものなのかもしれない。

栂野さんは、大学を卒業後、英語もできないのに無謀にもいきなりニュージーランドでの日本語教師に応募する。所持金はたったの5万円で片道切符だったというからもうむちゃくちゃである。昨今のインターネットに多く巣くっている冷淡で野蛮な人たちから見ると人に迷惑をかけるただの身勝手なバカであり、冷笑されるのがオチだが、当時はそのくらいは笑って許容する余裕が社会にあったように思う。

今のような閉塞感が漂う社会の中で育った若い人たちが、こういう人や生き方をどう思うのか正直分からない。「今の若い人たちに読んで欲しい」というマリオさんの言葉を見たときに、この本を受け止められる人がどのくらいいるかな? と、ちょっと心配に思った。しかし、たとえ1人でも誰かの心を打つことができれば、それで良いような気もする。1人なら心当たりがある。偶然にも下高井戸に住んでいる無茶ぶりの若い女性だ。
近いうちにJAZZ KEIRINに彼女を誘って行ってみるかな。
そう思うとなんだか楽しくなってきた。



栂野のインタビュー記事
https://cakes.mu/posts/10488
# by katayama_t | 2015-08-29 23:39 | Life | Trackback | Comments(3)
シンクロする人
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普段まったく交流が無いのに何かとシンクロしてしまう人というのはいる。
私の中でその筆頭がクラウドデザインの三浦さんだ。常に「お久しぶりです」と挨拶するほど疎遠だが、話をしだすと久しぶりに会ったとは思えないほど同じような視点で世の中を見ていることにいつも驚かされる。

先日個展会場で話をしていた時に、作品コンセプトの話になった。
私が「イメージを固定したくないので作品にタイトルはつけないけど、自分の中ではあるイメージを手がかりに作品を作っている」という話をして、それから恐る恐る相手が知っているかどうかを伺いながら「死の島という絵がありますよね?」と聞くと、三浦さんは「ええ!」と言いながら顔が明るく輝いた。明らかに何か思い当たっている顔だ。安心して話を続けた。「あの絵には糸杉の林が描かれていますね、それがこのイメージの元です。」と言って作品を指すと、三浦さんは言葉にならないといった風で大きくうなずいた。つづけて「島の人工物(建物)のイメージがこのあたりの作品で、棺を乗せた船が、地下の展示です。」と言うと、すべてが納得いったようで、そこから話ははずんだ。糸杉は墓場に植える木だし、地下の船は棺桶にも見える。焦点が合わず消え入りそうで不確かな蝋や糸などの素材。今回の展示はどこか死のイメージがある。

それから、ひとしきり死の島にまつわる話をした。当時ベルリンの家庭では一家に1枚あの複製画が飾られていたとか、ラファエル前派の絵画はどうも好きになれないとか、時代を超越したどこにも属さない絵の中に良いものがあるとか。他の人とはなかなかできない話ができてとても楽しい時間を過ごせた。

「死の島」の作者のベックリンは、同じ主題の絵を1880年から1886年の間に合計5枚描いており、ほぼ同じ構図だ。
実をいうと私の今回の作品も過去の作品に酷似しているので作るべきかどうか迷っていたが、調べてみるとベックリンは5枚の「死の島」を描いていたということを知って、ふっきれた部分がある。その時に作りたいのものを作れば良いのであって、それが過去の作品に似ているように見えようが、自分の中では常に新しいのだ。

それにしても、三浦さんはどうして、こんなに詳しく「死の島」を知っているのだろうと不思議に思って聞いてみると、実はほんの数日前にあるデザインの仕事で気になって調べたのだという。ほぼ同時期に、ほぼ誰も知らないような絵画に引き寄せられていたことになる。

作品を作っているとこういう奇跡がたまに起きる。
# by katayama_t | 2015-08-07 21:53 | Art | Trackback | Comments(0)
巷房個展2015
8月8日(土)まで銀座巷房で作品展をやっています。
ぜひご来場下さい。
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# by katayama_t | 2015-08-03 17:35 | Art | Trackback | Comments(0)
生活用具を自分に合わせること
先日実家から「壊れた」というのでもらってきたポットを直して使っていたが、質感がどうにも気に入らない。ステンレスの外観に施したビニールコーティングが剥がれてきていて見る度に嫌な気分になる。買った時が最も美しくて、次第にみすぼらしくなるような作り方はいかがなものかと思う。古くなったらそれなりに味や風格が出てこなければ。

このビニールコーティングを剥がせないかと、コーヒーを飲みながらむしっていたが、ますます汚くなるばかりなので、分解してサンドペーパーで磨いてしまった。
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ロゴや注意書きなどもビニールコートの下にあるので、一緒に削る。
MODERNITYというロゴが悲しい。
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プラスチック部分もペーパーをかけて洗ってから組み上げ。
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堂々たる風格(笑)。
# by katayama_t | 2015-01-18 13:02 | Life | Trackback | Comments(0)
デザイナーズカトラリー再生プロジェクト『柳宗理 編』1
タイトルが大げさすぎて気恥ずかしいが、要するに壊れたフォークを直したので、その記録。たぶん「1」で完結。

柳宗理のフォークを長年愛用していたが、先日あっさり折れた。ショックだった……。フォークが折れたことよりも、柄の中に埋め込んであるステンレス棒の短さにショックを受けた。おそらく黒檀であろう木の柄の中に、ほんの2cm程度埋め込まれていただけだった。これでは折れてあたりまえではないか。
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ということで、まず、適当な太さのステンレスの丸棒を探す。
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「あった!」
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バンドソーで切断して溶接。
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先日家具職人の大谷友彬さんのところから譲って頂いたウォールナットの端材にボール盤で穴を開け、ベルトサンダーで削る。
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オリジナルよりも長めに作ってバランスの良い長さで切断する。元の長さよりもほんの2mmほど長めで、少し太め。
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最後にエポキシ接着剤で固定して、エゴマオイルを塗って仕上げ。

以前ケトルの取っ手を作った時にも思ったが、オリジナルの形はさすがによく吟味されていて「良い形にしよう」と思うと自然とオリジナルに近づいていく。ただ、手の大きさが人によって違うので、使い手にぴったりと合わせようと思ったら若干の調整が必要になるのではないか。今回は、オリジナルよりも少し太く、やや丸みを持たせたことで使いやすく見た目も堂々としていてとても気に入った。
# by katayama_t | 2015-01-16 11:37 | Life | Trackback | Comments(2)
デザイナーズケトル再生プロジェクト『柳宗理 編』3
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前回取っ手を交換して、それがようやく馴染んできたと思ったら、今度は蓋のつまみ部分がどうにも気に入らなくなってきた。薪ストーブの上に置いていると工業製品臭さが際立って、どうにも我慢ならないので、お昼に飲んだワインの酔いにまかせて作り替えることにした。

近くの家具工房からウォールナットの端材をもらってきて、適当に穴を空けてカット。角をカッターで落として、ねじ込んで、最後に台所にあったオリーブオイルを塗って完成。

なんともおかしなバランスだが、これはもう元のヤカンの形があれだからしかたがない。

「ファッション」ではなく実用品として薪ストーブを使用しているような生活の中では工業製品の「形の弱さ」が浮いてしまうのだということを最近よく感じるようになった。

工業製品が悪いと言っているのではない。工業製品=量産品だとしたら、自分がそういう大多数から外れているというだけ。そこに良いも悪いもない。
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いかにも不格好だが、我が家の生活にはこのほうが合っている。
# by katayama_t | 2014-12-20 15:37 | Life | Trackback | Comments(0)
ストーブ運転開始
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夏に設置したストーブを今日から稼働させた。このところ身体の調子がすこぶる悪い。いくら休養をとっても快復しない。こういう時に家族がいて良かった、猫がいて良かった、絵があって良かった、そして火があって良かったと思う。
# by katayama_t | 2014-11-15 20:42 | Life | Trackback | Comments(0)
山神様はどこへ
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すぐ近くの山にゴルフ場開発計画があった。開発業者がバブルの頃に土地を取得し、一部工事を開始したものの、どうしても土地を手放さない住民がいて頓挫したままバブルがはじけてそのまま計画が凍結されたらしい。ゴルフ場ができれば雇用が生まれる、また、ゴルフ場開発で土砂が流れるので近隣の河川をコンクリートで護岸工事してくれるという約束をとりつけ当時ほとんどの住民は賛成したらしい。土地を手放さなかった方は大変なプレッシャーを感じていただろう。

最近ゴルフ場に使用される農薬は安全で量も少ないとか、野生動物の宝庫だとか、貯水能力は意外と高いなどと言うゴルフ場擁護論がある。そういう話はまったく信じていないが、仮にそれらがすべて真実だったとしても私はゴルフ場が大嫌いだ。ゴルフをやる人間は信用しないし、すべて悪人だと思っている。

改めて上空から千葉県を眺めてみると、市原市やいすみ市のほとんどの山がゴルフ場になっている。かつてこの山々にもきっと山神様がいて小さな社がたくさんあったはずだ。うちの小さな裏山にも社や地蔵が3つもあるのだ。あの山々には数知れない神々がいただろう。その神々を失っていったい何が残るというのか。ほんの一時期ほんの少し雇用が生まれたところで、人口が減っていけばそんなものはすぐに無くなってしまう。そして失われた樹木や神は二度と帰ってこないだろう。

人の住んでいるすぐ側に容易には近づけない自然があるということの精神的な充足感は何ものにも代えがたいのではないか。以前住んでいた大多喜の家の前には時々鹿が立っていたり、庭にアナグマがいたり天井裏にハクビシンがいたりした。屋根の上を猿が歩いていた。畑はイノシシに荒らされ農作物の被害は甚大だったが、それでも、そういう動物がすぐ近くに住んでいることを誇りに感じていた。夜動物の鳴き声が聞こえると何か神聖な気持ちになった。それらが無くても多くの人は生きていけるかもしれない。でも私には無理だ。少子化が進み、ゴルフ人口も減り、千葉県のゴルフ場は今後次々に経営破綻していくだろう。あと数十年かけてあの広大な土地が自然に帰っていくことを祈るばかりだ。
# by katayama_t | 2014-11-14 18:17 | Social | Trackback | Comments(0)
生きるために必要なこと
自分には彫刻があって良かったと思うのと同じように薪割りや焚き火があって本当に良かったと思う。人が生きるために必要なことは、何かを作ったり、火を焚いたりすることだと思う。
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# by katayama_t | 2014-11-14 17:41 | Life | Trackback | Comments(0)
「GAKE」へ
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まだ店を始めていない頃に一度お邪魔したきり、すっかり疎遠になっていた「GAKE」に行ってきた。先日家の前を偶然通りかかったとのことでわざわざ車から降りて挨拶していってくれたのがきっかけで、今日は家族で行ってみようという気持ちになった。最近体調がすぐれず、良い気晴らしになるかもしれないという期待もあった。

行くと予想外と言っては大変失礼だが、とても繁盛していて驚いた。店の周囲は車であふれ、ひっきりなしに客が来る。店の感じもおしゃれだけど適度に乱雑で落ち着く、無造作に展示してあるアンティークに子どもたちは興味津々。料理やケーキの盛りつけもなかなか美しく、コーヒーも美味しい。ランチをやっているとは知らずに、ランチタイムに飲み物のみという失礼をしてしまったが、今度はぜひランチを食べに行きたいと思えるほど居心地が良い。妻もすっかり気に入り「人が集まるのは店主の人柄もあるんじゃないか」とのこと。やっぱり人は人で動くのだよな、と再確認した。ここから臨む海もやはりなかなか見事。休日の楽しみが1つ増えた。
# by katayama_t | 2014-11-03 22:56 | Life | Trackback | Comments(0)


記録すること。すべて過ぎ去ってしまう前に。
by katayama_t
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